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SFCの革命者(アーカイブ)
2009.11.18

言語を学ぶことは、新たな視点を得ること。

SFCの革命者

言語を学ぶことは、新たな視点を得ること。


藁谷 郁美
総合政策学部准教授

ドイツ文学作品を、様々な視点から研究している藁谷郁美准教授。「言語が違うと視点も違う」という藁谷准教授に、言語の習得を通じて物事を様々な視点からとらえることの重要性、そしてSFCならではの協働による語学教育の取り組みについて聞いた。

ドイツへの興味はオペラから

革命者中学くらいからオペラを聴くのが好きで、言葉が分からないながらに歌っていました。また、吹奏楽部に入っていたのですが、ちょうどその頃、指揮者・カラヤンがドイツで活躍していたこともあり、ドイツ語に興味を持つようになったんです。高校はカトリック系の学校へ通いましたが、そこでドイツの文学にも関心を持つようになりました。大学はドイツ文学を専攻できるところに進学し、まずはドイツ語のスキルを磨きました。それからは、ドイツのフェミニズム文学に重点をおき戯曲や小説などについても研究しました。その後ドイツの大学院へ留学し、修士号と博士号をとりました。テーマは文学作品における宗教的要素の機能分析です。ここで宗教っていうのはキリスト教を指すのですが、文学作品をこの視点からとらえると、それまで見えてこなかった部分が見えてきます。オペラには今も関わっており、3年前には三島由紀夫の作品『午後の曳航』をもとに巨匠ヘンツエによって作られたドイツ語のオペラを日本語で上演しよう、というプロジェクトで、日本語歌詞の作成を担当しました。日本で世界初演を果たした後、ザルツブルク音楽祭でも公演されたのですが、これは史上初の日本語によるオペラになりました。その他、様々なオペラの舞台字幕や放送用テロップ作成も手がけています。

宗教のとらえ方の違いを実感

革命者ドイツへの留学中、私は宗教というものが日本でイメージされるそれと大きく異なることに驚かされました。海外で留学生は、「あなたの信仰する宗教は何ですか」とよく聞かれます。日本人の留学生は無宗教だと答える人がとても多いのですが、それはドイツではかなりショッキングなことで「積極的に私は共同体から孤立して自分の道を歩むのだ」と宣言することになるのです。病院、学校、幼稚園などは教会が経営しているものも多く、そこに所属しないというのは社会の共同体の助けを借りないで生活する、ということになってしまいます。つまり、ドイツでは宗教の中に属することが通常なのです。宗教は「共同体」であり、生きる規範、生活そのものなのです。日本人の我々が想像するものとは少し違いますよね。私は、宗派を持ちましょう、ある宗教の教えに賛同しましょうなどと言いたいのではありません。でも、グローバルにいろんな人と付き合えるようになるには、我々と異なる考え方や、その国がどういう仕組みで動いているかを知ることはとても大切なことだと思うのです。

文学作品の中にある宗教

革命者宗教を理解することにより文学や音楽、絵画などの芸術はとても理解しやすくなります。例えばドイツ語で「einsinken」という動詞があります。これは辞書で調べると「沈み込む、埋没する」と表記されていますが、キリスト教の観点からいうと「神の中に沈み込む」という宗教的要素を含んでいるんです。そのことを理解しているかどうかで、文学の中に見える世界が全く違ってきます。仮説ですが、文学を体系的に捉えた文学史というものは、プロテスタントつまり新教徒の視点から作られたのではないかと考えています。文学が学問としてとらえられた時代の、啓蒙主義、つまり真理を追求することこそが神に近づく手段だという思想が現れていると思うのです。また、後に日本が西欧文学の規範として取り入れたのが、まさにその時代の文学の捉え方なのではないかと考えています。宗教的な要素の濃い作品がどうやって日本人に受容されたのか。その要素を何らかの形に転換してとらえたのかもしれない。このように新たな視点から物事を考えることは重要だと思うのです。

言語における視点の違い

革命者同じ内容でも発信される言語によって視点は異なり、得られる情報は大きく変わってきます。例えば日本語で発信されたニュースの内容は、英語に翻訳されたものとドイツ語に翻訳されたものとでは視点や意味合いがちがってきます。また、日本は世界の情報をほとんど英語でしか受信しません。例えば英語圏以外の欧州で発信されたニュースが英語に翻訳され日本に入ってくることがありますが、その情報には既に英語圏の考え方によるフィルターがかかっているのです。つまり、言語が違うということは、視点も違うのです。私は、学生には言語を学ぶときその国の文化や背景も含めて習得してほしいと思っています。また、共通語として英語さえできればいいわけではなく、もうひとつ別の視点で見ることのできる言語があれば情報を相対化して考えることができると思います。ただ語学スキルを持っていればよいのではなく、やはりここでも多くの視点を持つことが大事だと思うのです。

十人十色の学習のために

革命者共同研究でドイツ語の教材開発にも取り組んでいます。私がドイツ語を教えるときに一番大事にしているのは、自分の話を日本語でするのと同じようにドイツ語でもできるようになることです。自分の名前や趣味はもちろん考え方まで表現できることを目標にしています。従来の暗記型の学習方法では、そのような運用能力を身につけるのは難しい。だからどうすれば実用的なスキルとして言語を習得することができるかを研究しています。できれば、学習する時だけ特別な環境に身を置くのではなく、学習者が普段の生活環境の中で学べることが好ましい。そのためには日々進化する環境に見合った教材を開発したいと思っています。そこで、最近他の研究室と協働しiPhoneをはじめとする携帯電話等のモバイル機器でドイツ語を学べる教材・学習環境をつくりました。人によって食べ物の嗜好が違うように、勉強の仕方にも好みがあります。各学習者が自分だけの学習スタイルにあわせてデザインできるような学習環境とその教材を作っていきたいと考えています。

SFCだからできる共同開発

革命者教材開発は、「教材開発研究プロジェクト」という名の研究会ですすめています。藁谷・ラインデル共同研究会です。学部生、大学院生、研究員が参加しています。学生の中には海外研修やフィールドワーク、留学でドイツに行った経験をもつ者もいます。ドイツ語教材を学習者の視点から開発することができる、その点がまさに学生との共同研究の重要なところです。現在取り組んでいるプロジェクトのひとつに、GPSを用いた学習環境構築があります。例えば学生が現地のレストランにいるという位置情報がGPSによって検出されると、レストランでの注文の仕方やチップの支払い方がそれに連動した動画教材として、学習者の持つ携帯端末に自動で配信されるしくみです。実験も何度か繰り返しました。今学期は学内ネットワークでより精度の高い位置情報の検出を試みる計画です。そうなると、たとえば「諭吉像」前で受け取る教材や鴨池で受け取る教材などができるわけです。

革命者教員と学生は教える側と教えられる側ではなく、学生もプロジェクトチームの一員なのです。この関連ではユビキタスネットワーク研究の徳田英幸教授の研究室や、マルチメディア・データベース研究の清木康教授の研究室と協働し、次世代の外国語教材を作ったりしています。かつてドイツ語履修者だった倉林修一君もいまやデータベース研究の研究者として共に開発に携わっています。ドイツ文学やドイツ語教授法を専門とする他大学の同僚と話す機会があるのですが、この研究の仕方にはびっくりされます。異分野の研究室の人たちと一緒に何か作っていく環境はなかなかありません。様々な分野の専門家と研究をすることが、いかに生産的で可能性が広がるかを感じます。同時にこの環境こそが学生にとっては最高の学習の場となるのだと思います。それができるのがSFCという環境なのです。

藁谷 郁美(ワラガイ イクミ)
WARAGAI,Ikumi

1987年、南山大学文学部卒業。1989年、ボン大学文学部独文学科修士課程修了。1995年、同大学文学部独文学科博士課程修了、Ph.D博士号取得。慶應義塾女子高等学校非常勤講師、慶應義塾大学総合政策学部助手を経て、1999年、同大学総合政策学部助教授に就任。専門分野はドイツ語・ドイツ文学・ドイツ語教授法。主な著書:『Analogien zur Bibel im Werk B?chners, Religi?se Sprache als sozialkritisches Instrument』(ビューヒナーにおける聖書とのアナロジー、社会批判手段としての宗教言語)Peter Lang Verlag、『Bibelsprachliche Wortsch?tze』(聖書の言語/“Lexicology“)(共著)Walter de Gruyter Verlag、『初級ドイツ語』(共著)第三書房、『モデル(1)問題発見のドイツ語』(共著)三修社ほか。2000年、マンフレット・グルリットオペラ『Wozzeck』字幕スーパー作成で文化庁芸術祭優秀賞(字幕作成担当)。2005年、猿谷紀郎氏作曲読売日本交響楽団委嘱作品『ここに慰めはない』でゴットフリート・ベンの同作品翻訳および監修担当。第54回尾高賞受賞、2006年にオペラ『午後の曳航』をザルツブルク祝祭劇場で上演、ザルツブルク音楽祭史上はじめての日本語オペラ(日本語の歌詞作成担当ほか)。

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(掲載日:2009/11/18)

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