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SFCの革命者(アーカイブ)
2009.10.13

測るということから、スポーツを進化させる。

SFCの革命者

測るということから、スポーツを進化させる。


仰木 裕嗣
政策・メディア研究科准教授

映像分析が主流だったスポーツ工学の分野に「計測」の面から取り組んでいる仰木裕嗣准教授。「スポーツの楽しさを広めたい」と語る仰木准教授にこれまで測れなかったものを測る事により広がるスポーツの可能性について聞いた。

競技者から研究者へ

革命者中学の時に部活で水泳に出会いました。競泳は個人競技なので、自分が頑張ったことがストレートに結果につながるんです。それが楽しくて、どんどん引き込まれていきました。1日に6時間泳ぐこともありました。オリンピック選考会にも出てたりしてたんですよ。大学も水泳を続けられる環境を選び、大学院でもコーチ学を学びながら競技を続けました。大学で学ぶ選手の中には、生理学の研究が必要だと思う人は生理学の研究室へ、メンタルが大事だと思う人は心理学の方へ行くなど、様々な分野に進む人がいます。その中で私はバイオメカニクスの観点から「どうやったら速く泳げるか」を追求することに興味があり、学部の時からスポーツ力学研究室に入っていました。それからずっと、この研究は続いています。電子工作やソフトウェア作成が昔から好きでしたし、そもそも研究自体がとても好きなので、もしSFCに出会っていなかったとしても、絶対、何か研究めいた事はやっていただろうなと思います。

動いている情報を得る

革命者過去のスポーツ工学の研究では、動く選手をカメラで撮影して、分析するという方法が広く行われていました。しかし、水泳では単純にプールの中にカメラを沈めても選手が水を掻く時の泡が撮影の邪魔になります。また、水泳に限らず、選手は速いスピードで移動するので広い範囲を撮影しなければならず、カメラの中に映る選手が必然的に小さくなってしまいます。すると解像度が低くなり、人間の精緻な動きをそこから分析することは難しく、誤差も出てしまいます。そこで私の研究室では、選手が装着できるような小さくて軽いセンサーを開発して選手の動きを計測しています。この方法だと動いている人から動いている正確な情報を得る事ができるのです。

リアルタイムにこだわりたい

革命者最近ではスキージャンプの選手にセンサーを装着してもらい、空中を飛んでいる間の動きや、受けている空気抵抗の情報を地上にいる計測者の所まで無線で飛ばす実験をしました。将来的には、そのような情報をリアルタイムに近い形でデジタル放送のコンテンツに流せるようにしたいんです。例えばお茶の間で見ながら、「今の選手は立ち上がりが早すぎたね」とか、「向かい風で失速したね」とかがわかるように。そうなればもっと競技が面白くなるんじゃないかなと思います。情報をリアルタイムで得る事はコーチングにも使えます。プレー中、コーチが選手にフィードバックをしたいと思ったら、映像では限界があります。選手は動きながら映像を見るわけにはいきませんからね。そこで、今は音にこだわっています。SFCで認知科学を研究されている諏訪正樹教授の研究室と協働し、情報を音にするべく研究を始めています。例えばバットやラケットを振る動きが「チャー・シュー・メン」みたいな音になって選手に伝わるようにすれば、今のは正しいフォームの時と音が違うからどこか違うんだろうなどとその場で選手が気付き、動きを変えていける。リアルタイムのメリットは多いので、こだわりたいですね。

測れそうにもないものを測る楽しさ

革命者ふたたび水中運動の話に戻りますが、世界初の水中歩数計を開発しました。水中ウォーキングは若い方からお年寄りまで広く親しまれていますが、単調な動きの繰り返しなのであまり楽しいものではありません。でも、この運動でどれだけエネルギーを消費したのかという、運動する人にとって興味のある情報がわかると、もっと意欲的に運動に取り組んでもらえるのではないかと考えて研究を始めました。試行錯誤の末開発したこの歩数計ですが、運動する人にセンサーを搭載したゴーグルを付けてもらい、そこから無線で発信されるデータをプールサイドのアンテナで受信する仕組みになっています。受信データと、事前に入力した身長・体重・年齢・性別などの個人データをもとに、エネルギー消費量を計測する事ができます。

革命者また、ゴーグルには骨伝導スピーカーも搭載されているので、例えば「80キロカロリー消費しました」という音声をその人にだけ聞こえるように伝えることができるんです。従来の歩数計は地上での比較的激しい動きを対象としており、水の抵抗のある水中でのゆっくりとした動作を計測することなどできないと考えられていました。そういう、測ることなどできないだろうと誰もが思っているものをなんとかして測るというのがとても楽しいのです。

必要な情報を選び出す

革命者今後、テクノロジーがさらに発達すると、選手の情報はかなり詳細に、数多く取れるようになります。次は、データマイニングという、その莫大な情報の中から重要な情報を探し出して分析する研究が必要になってきます。例えば、水泳のストロークや陸上選手の脚のはこびが計測できた時に、じゃあ今より速く動くためにどうすればいいのかという答えは、そこにはありません。そのような数値情報は手相みたいなもので吟味するのが難しく、どの手相が何に関係してるのかというのは、運動経験と同時に力学的知識が豊富な人じゃないとわからない。だから、計測したものをすぐ選手に還元できるわけではないんです。選手に信用してもらう事も必要です。すぐには信じてもらえないでしょうから、他の世の中に受け入れられているものと同じで、ある程度下積み期間が必要になるでしょうね。今はまだ下地を作っている段階でしょうか。

スポーツの楽しさを広めたい

革命者私は元々競技者でしたが、競技スポーツ選手のためだけにとか、対象となる人にこだわって研究をしているわけではありません。幅広くスポーツを世の中に広めていく事、スポーツを楽しんでもらう事を第一に考えています。今も企業との共同研究により、高齢者の介護施設で運動指導の調査をしています。施設には色々プログラムがあり、運動指導もその一つです。手を握って開いてといった軽い運動ですが、認知症の方も脳梗塞後のリハビリ中の方もみんな同じメニューで、指導する側も効果があるのか疑心暗鬼だったりする。その効果をなんとか定量化したいと思っています。適切な運動指導をして効果があると分かれば、指導される側と指導者側と双方のモチベーションが上がると思うんです。こんな風に、選手はもちろん、幅広い層にスポーツを楽しんでもらいたいですね。

仰木 裕嗣(オオギ ユウジ)
OHGI,Yuji

1990年、筑波大学体育専門学群卒業。1992年、同大学大学院体育研究科コーチ学修士課程修了。1997年、同大学院体育科学研究科博士課程単位取得退学後、SPINOUTを設立、代表に就任。1999年、慶應義塾大学環境情報学部助手。専任講師を経て、2005年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授に就任。2003年、博士(政策・メディア)。専門は、スポーツ工学、スポーツバイオメカニクスなど。また、日本水泳連盟強化コーチ、JOCアトランタオリンピック強化コーチなどを歴任、現在は財団法人日本水泳連盟医・科学委員、JOC科学スタッフなどを務める。骨伝導スピーカーを内蔵した水泳ゴーグル、視覚障害者向け水泳のコースガイド、ゴルフスイングフォーム診断システム、水中活動量計の開発で特許を取得。主な著書:『スポーツデータ』共立出版、「Digital Sport for Performance Enhancement and Competitive Evolution: Intelligent Gaming Technologies」Information Science Publishingほか。

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(掲載日:2009/10/13)

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