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SFCの革命者(アーカイブ)
2010.05.06

垣根なしのコラボレーションで、地理情報に新たな付加価値を。

SFCの革命者

垣根なしのコラボレーションで、地理情報に新たな付加価値を。


厳 網林
環境情報学部教授

私たちの生活と密接に関わり合うGIS(地理情報システム)。この分野の第一線で活躍する厳網林教授に、生活の各所でどのように利用されているのか、GISが指し示す可能性などについて話を聞いた。

GISがもたらしたもの

革命者私が専門とするのはGIS(Geographic Information System:地理情報システム)を中心とした地理情報科学です。GISとはコンピュータシステムの地図データ上に様々な情報を重ね合わせることによって、統合的な分析・比較・処理などが行えるシステムのことです。専門的で難しいものと思われがちですが、実際は私たちの生活の中でもよく使われていて、多くの分野でかかせないものになっています。例えば行政でいうと、固定資産や住所関連など様々な情報が一カ所に集約されることで運営効率が飛躍的に高まりました。ビジネスの分野では俯瞰的な視点でマーケットを眺めることができるようになりました。そして私たちの日常生活に近い所ではナビゲーションの充実があげられます。代表的なのはカーナビです。カーナビは地図情報、衛星での位置測定、リアルタイムな交通情報の統合によって作られていて、この分野の最先端技術の集大成でありGISの象徴的な存在です。

GISの4つの「S」

革命者GISは主に70年代以降発展してきた技術です。元々GISの「S」が表す通り、情報を地図上に重ね合わせて分析を行い問題解決に役立てるなど、意思決定の材料に使われるシステム(System)と捉えられていました。今は別の解釈も持つようになってきています。その情報が何を意味しているのか、例えばある場所に緑があったとしてその緑は何の緑でどんな効果があるのか、いつからそこにあって今後どうなるかというのを解明して、学問的にアプローチするというサイエンス(Science)の意味。カーナビやグーグルアースに代表される地理情報ナビゲーションが身近なものになって便利に使えるようになったように、システムや研究の結果を一般の方々に使ってもらうためのサービス(Service)という意味。さらに位置情報とリンクしたケータイが普及し、いつでもだれでも位置情報の存在を気にせずに地理空間と情報空間の間を自由自在に行き来し、街の安全・安心から生活の楽しみにまで幅広く活用されているソサイエティ(Society、地理空間情報高度利用社会:G空間社会)、という4つの意味を合わせ持つというのが、今のGISの解釈なのです。

地理情報の価値

革命者私は中国の大学で測量を学び、1986年に日本の大学院に留学しました。当時の日本の大学には全く同じ分野を扱っている専攻はなく、近い分野であった東大の土木工学科の測量研究室に入りました。そこでは土木工学や経済学と地理情報をリンクさせた科学的アプローチによる研究が行われていたんです。正直、中国の大学で実地調査や測量を行っていた頃は、苦労して得た情報や地図の価値をあまり理解できていませんでした。それが東大の研究室に入って、公共事業と土木事業の経済影響効果を評価して政策提言をするなど、地理情報が様々な用途に活用されているのを目の当たりにし、「こんな有意義な使い道があるのか!」と感動しました。情報はただの数値ではなく、ユーザー視点を取り入れることで付加価値を産み出せるのだと実感し、視野がかなり広がったんです。そして1993年にSFCへ。今後の地理情報の研究には分野を越えた多角的な視点が不可欠と感じていましたので、様々な分野で最先端を走る人たちが垣根なくコラボレーションしているSFCはぴったりでした。

環境問題へのアプローチ

革命者環境問題に力を注いでいます。でも環境問題って難しいんです。社会的に重要だと言われているわりに、開発のピークが過ぎた日本では、じゃあ実際に何をすればいいかというのは明確になっていません。また、環境問題に対して、解決方法を提案できたとしても、それが社会にどんな新しい価値をもたらしてくれるのかを示せないと受け入れてもらえないでしょう。私はGISの持つ「鳥の目」と環境の価値という「虫の目」を合わせて、この問題にアプローチしています。「鳥の目」は俯瞰的で、広域を一望できるため、問題を戦略的にとらえることができます。しかし、空中に飛んでいるだけでは、問題の本質を理解できないことが多い。そのために、現場に立って「虫の目」で詳しく検証し、その土地の自然と人間に適した解決方法を考えなければなりません。「鳥の目」と「虫の目」はそれぞれ「トップダウン」と「ボトムアップ」の意味もあります。かつてGISにはトップダウンのアプローチが多かったと思います。これからは環境問題などすべてに関して言えることですが、ボトムアップのアプローチあるいは両方を組み合わせたアプローチがますます重要になるでしょう。

革命者私はこの2つのアプローチを用いて、都市や地域の持続可能な発展の方法を研究しています。たとえば、インターネットを使用してだれでもGISを利用できる環境を整え、住民自らの手で樹林地、宅地、水田など環境情報を共通のマップ上に登録してもらいます。集まった情報をデータベース化して分析することで、里山の持つ価値を定量的に評価することができます。住民から得た詳細な情報を分析できるので里山地域の特性を詳しく知ることができますし、より具体的な保全方針を提案することができます。その他、中国内蒙古自治区ホルチン砂地を対象とした砂漠防治プロジェクト、チンハイ・チベット高原を対象にしたプロジェクトでも同じように、常にグローバルな視点と現地住民の視点の両方を持ち、政府、研究者、NPOが一体となって、具体的な解決方法を提案・実践しています。この新しいアプローチで、GISの可能性と有効性を示していければと考えています。

これからのGIS

革命者元々地図作りというのはその性質上、国家事業でしたし、デジタル地図の作成やGISの普及には多くの費用が必要でした。そのためこの分野は、行政主導あるいは商業ベースで推進・発展しながらようやくここまで基盤を整えられてきたんです。今、地理情報の分野ではこの基盤の上にいかに付加価値をつけるか、情報価値を高めるにはどうしたら良いかが問われています。私は地理情報の付加価値創出にとって、一般の方々の視点がとても重要になると考えています。今まで整えられてきた地理情報の基盤がインターネットと融合することによって、分野や国境を超えた共通のプラットフォーム上で情報を共有できるようになりました。携帯電話に代表される便利なデバイスも次々に開発されて、専門知識が無くても意識せずにGISを使える環境になり一般の方々にも浸透してきています。そうするとインターネット上の共通のプラットフォーム上に、一般の方々が情報をどんどん付け加えていくことができるようになります。自分の興味のある情報だけを集めたオリジナルのマイマップのようなものを作ることができ、

革命者それをインターネットで発信して世界中で共有することもできます。その情報は今までのような行政と商業と研究機関の視点だけではなく、一般の方々の視点が加わった中で共有されることになるのです。分野の壁を越えて色々な人が一つの同じ土台の上で協力することになります。そこには今まで考えもつかなかった発想や連携が次々と出てくるはずですし、地図情報に新しい付加価値を与えられるだろうと思っています。今、社会や環境の変化に伴って私たちの行動やコミュニケーション方法も大きく変わってきています。官と企業と市民、研究機関などが協働してGISに付加価値を与え、新たなサービスを作り出す時期に来ているのです。2010年9月にパシフィコ横浜で政府主催の「G空間EXPO」が開かれます。SFCの研究室も出展する予定です。イベントのキャッチフレーズは「“いつ・どこ情報”で暮らしが変わる、未来を創る」で、新しい技術、新しいサービスがたくさん登場します。今後、GISの4つ目の“S”、“地理空間情報高度利用社会(G空間社会)”が、新たな展開を迎えるでしょう。

厳 網林(ゲン モウリン)
YAN, Wanglin

1982年、中国武漢測絵科技大学卒業、1989年、東京大学工学部土木工学科修士課程修了、1992年、同学科博士課程修了。博士(工学)。1993年より慶應義塾大学環境情報学部助手、武蔵工業大学助教授を経て2001年、慶應義塾大学環境情報学部助教授に就任。2007年より現職。専門分野は地理情報科学、都市・地域環境、持続可能科学。主な著作:『GISの原理と応用』 日科技連、『国際環境協力の新しいパラダイム』慶應義塾大学出版会ほか。

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(掲載日:2010/05/06)

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