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2025.09.02

世界と鳥取、Ruri Rocks と大学院|政策・メディア研究科委員長 高汐 一紀

今年はいつも以上に熱い夏だった。

春学期の授業も一段落した7月23日、欧州委員会委員長を務めるウルズラ・フォン・デア・ライエン氏に対する慶應義塾大学名誉博士称号授与式が執り行われた。もちろん、政策・メディア研究科からの学位だ。私も研究科委員長として、壇上で推薦文を朗読させていただいた。式典の様子は義塾の web page で詳細に報告されている。限られた時間かつ酷暑の中でのキャンパス滞在ではあったが、フォン・デア・ライエン氏ご本人はもちろん、駐日 EU 大使をはじめご臨席の方々も終始リラックスされたご様子に見えた。塾長との懇談からゲストブックへの署名、写真撮影、学位授与式まで、常に笑顔の絶えない大変素晴らしいセレモニとなった。私自身、研究科委員長在任中にこのような機会に恵まれ、とても幸せに思う。改めて、実現にご尽力された皆さまに深く感謝。

フォン・デア・ライエン氏は、ドイツ出身の医師・政治家であり、アンゲラ・メルケル内閣において主要なポストを長年務めたのち、欧州委員会初の女性委員長に就任する。就任後は、新型コロナウイルスへの対応を主導したほか、ウクライナ支援、脱炭素社会に向けたグリーン・ディールの推進など、今日まで多岐にわたる国際課題に取り組み、欧州連合の政策イノベーションを牽引してきた。政策を教育研究の対象とする政策・メディア研究科が、同氏に慶應義塾大学名誉博士の称号を授与するのは当然の流れだろう。フォン・デア・ライエン氏はスピーチの中で、複雑さを増す国際社会での福澤先生の教えの意義に触れ、世界に向けて、日本に向けて、なによりも慶應の学生に向けて、激アツのメッセージを送ってくれた。各々が専門を持ち、それを究め、国際社会の一員として責任ある行動をとること、それこそが「独立」と「協力」であり、不安定な時代にこそ必要な資質であると。曲解かもしれないけど、私にはそう伝わった。

好きなことを攻めて究める、その場所として大学院は存在する。

極めてワタクシゴトではあるが、今期、「瑠璃の宝石」というコンテンツにハマっている。ひょんなことから宝石の原石に興味を持った高校生(瑠璃)と、鉱物研究に従事する大学院生(凪)との交流を描くものがたりだ。原作は渋谷圭一郎氏の漫画。ものがたりとして面白いのはもちろんなのだが、研究者としての「大学院生」の姿をワリと正確に描いているところにハマった。いままでにないコンテンツだ。その第7話「渚のリサイクル工房」でこんなやりとりがあった。

瑠璃の同級生の硝子。彼女もまた、小さい頃から綺麗な石を集めるのが好きだった。でも周囲はそれを理解してくれず、両親ですら「趣味を仕事にしない方がいい」と言う。そのことが原因で自分に素直になれなかった硝子だが、好きなことに夢中になる瑠璃たちをみて思いが爆発し、凪とともに大学で鉱物を研究する伊万里に「鉱物の研究者になりたい」と打ち明け、「大変ですか?」と訊ねる。思いを初めてことばにした硝子に伊万里は、「大変なコトもあるけど、私は楽しいと思う」、「やりたいことがあってそれを選択肢に入れられるのなら、それを目指す方がいい」、「仲間だってきっと見つかる」とアドバイスする。

この「好きなことを仕事にしない方がいい」は、私も小学生の頃にとあるオトナに言われた。それからずっと、このことが気持ちのどこかに引っかかってモニョっていた。喉に刺さった魚の骨のように。

フォン・デア・ライエン氏の名誉博士称号授与式の翌週、7月31日から8月8日の9日間、今年も鳥取に滞在した。現地準備を挟んで、8月3日〜5日が「未来構想キャンプ in 米子 Augmented Town ワークショップ」。鳥取での未来構想キャンプ開催に関しては、前回のおかしら日記に書いた。キャンパスを飛び出し、鳥取県の支援を受けて実施する、新しいタイプの滞在型ワークショップだ。自治体との共催、そして冠開催という形態をとっており、県と進める「とっとり未来共創プロジェクト」の一環として実施してきた。

今年も、6月に実施した米子市でのフィールド調査で地域が抱える問題を把握し、解決に向けたプロジェクト5件を立ち上げた。今年のワークショップ・テーマは「XR とロボティクスで人、暮らし、地域医療の未来をひらく」だ。米子市との協議の上、「防災・身体的疑似災害体験」「マルチモーダル・フレイル体験」を主な課題として設定、XR、IoRT(Internet of Robotic Things)、センサ・マニュファクチャリングといった最新のテクノロジを適用したサービス・プロトタイプを実装し、現地に持ち込んだ。未来構想キャンプの期間は、高校生と高専生もシステム開発者として各プロジェクトに参画する。忖度なしに、大学での研究・開発をリアルに体験してもらうわけだ。期間中に実装・改良したシステム、コンテンツ、サービスを関係者の前でデモンストレーションし、評価を仰ぐところまでやる。実にエグい。我ながら本当にエグいと思う。これが大学、これが SFC というものを見せ、身をもって経験してもらう。参加者のケアという意味では、地元の高校、高専の先生方、サポータの皆さんの協力も重要だ。

最終日の成果報告会には実に多くの関係者にお越しいただいた。説明する方も本気、聞く方も本気。今後は、市町村自治体レベルでの意識共有と解決を目指し、要望の高かったプロジェクトに関して、数年スパンでの共同プロジェクト化を図る。一通りのプログラムが終わったあと、未来構想キャンプの主催者として、そして大学院の研究科委員長として、参加者たちにこう問い、伝えた。「大学・大学院での研究は本当に面白い、でも結果を出すのは大変だったでしょ?」、「自分に合っていると思ったら SFC に来てほしいし、ちょっと違うなと思ったのであれば別の選択肢を選ぶのもアリです」と。先の伊万里さんの「大変だけど楽しい」とは順番が逆だけど、言いたいことはたぶん同じ。いつからかはよく覚えていないが、このように考えるようになってからは、こどもの頃からのモニョモニョが少し軽減されたように思う。

未来構想キャンプが無事に終了し、撤収作業も済ませた翌日、今度は「日南町 University Hub」合宿に参加するため、大山の未来構想キャンプ会場から日南町に移動。慶應、早稲田、東大から教員と学生が集まったこの合宿もハードモード。初日の朝は、トマト農家を訪問しての収穫体験(めちゃ美味しいかった)。午後には「にちなん中国山地林業アカデミー」の指導を受けながら、山に入って檜の伐採体験。装備を調え、ひとり1本ずつをチェーンソーで切り倒す。植林地とはいえ、林道から離れた急斜面の上り下りはキツかった。かたや鉱物採集かたや伐採と入山の目的は違うけれど、瑠璃と宝石でもよく登場するシーンだ。

日南町をフィールドとする各大学ラボの専門はバラバラ。それぞれがそれぞれの分野から地域が抱える問題を解決しようとしてきた。私たちと日南町とのかかわりも今年で3年目。最終日には、日南町のスタッフ、地元のボランティアの方々、中高生も交えて、日南町が抱える課題について議論するワークショップを実施した。町の大きな産業である林業・木工産業と農業が抱える問題に対して、大学チームそれぞれでの専門分野からどのようなアプローチができるか、様々な意見が飛び交った。すぐにでも実現可能なアイデアから、数年かけて議論・実装すべきアイデアも生まれた。世界が相手ではないかもしれないが、これもまたフォン・デア・ライエン氏のいう、「独立」と「協力」による社会貢献なのだろう。そういった実践の場を常に提供してくれる鳥取県には感謝しかない。

SFC は「研究者っていいな」とそこはかとなく思ってくれる高校生を増やそうと、これまでも様々なカタチで高大連携を進めてきた。次は高大大学院連携かなとも思う。コロナ禍以降途絶えてしまっている「未来構想キャンプ・フォローアッププログラム(高校生の研究室インターンシップ)」はまさにそのコンセプトの先取りだった。まずはその再開からかな。

夏が終わっても、まだまだ激アツな日々が続きそうだ。

P.S.
弊家の長男氏は星空民。部活では、秩父や糸魚川に鉱石採集にも出かけている。いまはデジタル望遠鏡にハマっていて、合宿先から素敵な天体写真をちょこちょこ送ってくれるので、少しだけお裾分け。画像を眺めながら「彼らの世代には素直に好きなことを仕事にしてほしいな」とぼんやり思う。これはちちの正直なお気持ち。




高汐 一紀 大学院政策・メディア研究科委員長/環境情報学部教授 教員プロフィール