つい数分前、今年の牡馬クラシック最終戦、菊花賞が終わった。
雨に濡れる淀のターフ、クリストフ・ルメール騎手騎乗のエネルジコが最後の直線で抜け出て、1着でゴール板を駆け抜けた。4角回って後方から強烈な脚で追い込んだエリキングが2着で入線。鞍上は川田将雅騎手。ゴール板があと50cm先にあったらゲルチュタールが3着にきて、という個人的な事情はさておき、実に見応えのあるレースだった。出走前は様々な不安点が指摘されていたエネルジコではあったが、さすがはルメール騎手。パドックでは首を落としてなんとも自信なさげに歩いていた馬が、騎手を鞍上に迎えたとたん、目の色が変わった。頭を上げ、堂々とした歩様で本馬場に入場。返し馬でのひと完歩も大きく、ゲート裏でも落ち着いているように見えた。ルメール騎手は、先週の秋華賞(牝馬三冠のひとつ)につづき、秋の GI 2連勝。加えて、一昨年のドゥレッツァ、昨年のアーバンシックにつづく、史上初の菊花賞3連覇を成し遂げた。「秋の GI で迷ったらルメール買っとけ」はまさに言い得て妙。ダービー馬のクロワデュノールは北村友一騎手を背に凱旋門賞を走った。皐月賞馬のミュージアムマイルは天皇賞・秋に向かう。クラシック三冠をひとつずつ分け合った3頭が揃う(かもしれない)有馬がいまから楽しみだ。ちなみに、エネルジコは早世悔やまれるドゥラメンテのラストクロップの1頭だ。
この秋、競馬の世界を深掘りして描く TV ドラマ、ロイヤルファミリーが話題だ。が、私としてはやはり、ウマ娘の新しいコンテンツ「シンデレラグレイ」を推したい。主人公はオグリキャップ。グレイとは芦毛のこと。おかしら日記でも何度か触れているように、オグリキャップは私が最も愛する競走馬だ。それだけに、原作(脚本/杉浦理史&Pita、漫画/久住太陽)からずっと追ってきた。もちろん時代に合わせたアレンジはあるが、概ね史実に忠実にものがたりが進む。シーズン1では、ダービー当日に当時のダービーエピソードが放送・配信されるという、粋な計らいもあった。
刻は1988年。サクラチヨノオー、ヤエノムテキ、そしてメジロアルダン。オグリキャップのライバルたちが日本ダービーを駆ける。直線で先頭に立ったのはサクラチヨノオー。府中の坂を登り切ったところでメジロアルダンにリードを許すも、ゴール手前で再び差し返して優勝。外からはヤエノムテキが追い上げてきていた。誰もがオグリキャップがこの場いることを望んだ。オグリキャップは中央競馬移籍後に重賞レースを3連勝していたが、当時のクラシックレースのレギュレーションは極めて厳格。笠松から中央に移籍したオグリキャップのダービー出場は叶わなかった。オグリキャップは GII のニュージーランド4歳ステークスへ。結果は7馬身差の圧勝。同レースのゴールシーンをダービーのゴールに被せたシンデレラグレイの演出は見事だった。テイエムオペラオーのバックショットが映った逆光のシーンには、涙が止まらなかった。テイエムオペラオーは、オグリキャップの活躍がきっかけとなって改正されたクラシック登録制度の恩恵を受けて、初のクラシックウィナー(皐月賞)となった。あのキタサンブラック(菊花賞馬)も同様だ。
これって、いま日本の大学が置かれている状況に似ていないだろうか。
自分たちが中央だなどと驕るつもりは毛頭ないが、少し前までは、情報の入手や周囲の理解という視点で、地方からの首都圏・大都市圏の大学への進学はハードルが高かったように思う。SFC は、時代に先駆けて自己推薦型の総合型選抜 AO 入試を導入し、未来構想キャンプをはじめとする様々な形でのアウトリーチ活動をすすめ、これらのハードルを下げる努力を常にしつづけてきた。私もまた、地方自治体とその地域の高校や高専との密な交流を前提とする、新しい形態での未来構想キャンプを山陰で開催し、貢献してきたつもりだ。その辺の詳細は、前回のおかしら日記「世界と鳥取、Ruri Rocks と大学院」に書いたので、お時間のある方はぜひ。
笠松のファンからすれば、オグリキャップは単身中央に飛び込み、中央の競走馬を次々と力でねじ伏せるヒーローだった。いつかは笠松に凱旋してほしいという思いもあっただろう。同じく平成三強と呼ばれたイナリワンら地方競馬から移籍した競走馬の活躍もあって、1995年以降、様々な形で中央と地方の交流が図られることになる。中央・地方の所属に関係なく出走できるダート交流重賞レース(JpnI 〜 JpnIII)も整備され、いまでも中央と地方の格差を埋める努力がつづけられている。
大学もまた、同様の視点が必要だ。多様性の確保という意味で。国内外の様々な地域から様々なバックグラウンドを持った学生を集めたいという、渇望にも似た思いは、どの大学も持っている。ただし、これまでのような一方的な「こっちの水は甘いぞ」ではだめだ。双方にとってメリットのある関係の構築と制度設計がなければ、いずれ立ち行かなくなる。となれば、「各地域からお預かりした学生を、卒業・修了後に様々な形でお返しする」仕掛けがあってもいい。
外国産馬もまた、当時はクラシックレースをはじめとする重賞レースへの出走が厳しく制限されていた。クラシックレースが外国産馬に解放されたのは2001年のことだ。中央競馬では、外国産馬が制限なしに出走可能なレースは「混合競走」か「国際競争」として区別されるが、いまでは多くの外国産馬や海外の競走馬が、日本のターフを走っている。
海外からの学生獲得も、これまでのような「留学生の受入れ」という、別枠の発想ではだめだろう。国内・国外を区別しない新しい学生獲得のスキームを設計・実装しなければ、慶應といえどもこれからの時代を生き残れない。学部と大学院を高度に連携させたカリキュラムと研究環境の整備は、その大きなインセンティブとなる。幸いにも、塾内外にそれを後押しする状況が整いつつある。前回のおかしら日記の結びでも触れたが、SFC がその先達となれるよう努力しよう。
「シンデレラグレイ」のシーズン1は、最強のライバルとなるタマモクロスとの初対決、天皇賞・秋、「世紀の芦毛対決」を描いたところで終わる。結果はタマモクロスの優勝、オグリキャップは1馬身1/4差で2着。オグリキャップにとっては、中央競馬移籍後初の黒星となった。この秋からは、シーズン2が放送・配信されており、秋天につづくジャパンカップや有馬記念が描かれる。こちらも、秋の夜長に一献傾けながら、ぜひ。
P.S.
気づけば、新学期を迎えてからひと月が経っていました。
弊社の人事は、10月1日が学部長・研究科委員長交代のタイミングになります。「正式な公表は10月まで待つように」と言われていたので、学期はじめのあいさつを兼ねて、なにかしら各方面に投げようと思っていたのですが、この秋はいつも以上にドタバタしていて、こころに余裕がなくなっていました。
というわけで、もう1期、政策・メディア研究科委員長を務めることになりました。これからの2年間もまた、Ηのヤギ同様、ナマアタタカイ目で見守ってください。あらためて、よろしくお願いいたします。
