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病虫害体制作物の作出や
植物免疫の活用・利用に向けた
植物ホルモンの研究

政策・メディア研究科 修士課程1年
冨田 敦幹

所属プログラム:先端生命科学(BI)

外見からはうかがい知れない、植物の内部で起こる劇的な変化に興味を持つ

 私は現在、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の修士課程1年として先端生命科学研究会に所属し、「植物ホルモン応答の体系的理解」をテーマとした研究をしています。

祖父と父親が、土いじりが好きだったことから、私も幼い頃から植物に触れ合っていました。学校の授業で植物や動物について学んだ際に、それまでは静かで慎ましい生き物だと思っていた植物が、実は環境ストレスに適応するために内部状態は激しく変化しているというギャップを知って驚きました。それ以来、生き物の見た目からは知り得ないような、細胞の内部状態(遺伝子発現)に興味を持ち始めました。

大学入学前には、細胞や組織内の遺伝子情報をもとに生物の内部状態を捉えることができるトランスクリプトーム解析という技術を学びたいと考えていたため、慶應義塾大学環境情報学部入学後、学部1年秋に体験のつもりで先端生命科学研究会に所属。そこで、トランスクリプトーム研究に実績のある永野・植物オミクスグループに所属し、植物の転写応答に関する研究を始めました。

自身のスキルセットや知識、無知の知が毎日のように更新され、それが非常に刺激的でした。「誰も知らない知見を、自分が真っ先に知ることができる」という好奇心が研究のモチベーションにつながっていました。気がついたら4年間が経っていました。研究でやり残したことも多く、学部生としての4年間で終わってしまうのがもったいないと思い、国際論文への投稿を目指して政策・メディア研究科の修士課程へ進学しました。また、このまま社会人になったときに、自分の経験を人や社会の役に立てるイメージが全く沸かなかったことも理由のひとつです。

統計的手法で防御応答を制御する植物ホルモンのバランスを研究

植物は地に根を張るため、外敵に対して動物のような機敏な逃避行動をとる事ができません。その代わりに、植物体内の生理活性を劇的に変化させることによって周辺環境に適応しています。そのような激しい生理活性の変化を制御しているのが植物ホルモンという低分子化合物です。

この植物ホルモンのうち、防御応答を制御しているサリチル酸(SA)とジャスモン酸(JA)に対する植物の応答について、現在研究をしています。SAは寄生菌による感染によって合成され、抗菌物質を生産したり、寄生関係の樹立を阻害したりします。一方、JAは腐生菌や虫害に対して合成され、感染抵抗性や食害阻害物質などを誘導します。このSAとJAのホルモンシグナルは、非常に複雑に相互作用しています。これは、防御反応の過剰な出力を防ぎつつ、変動する多様な外敵環境に対して防御出力を調節するために重要なはたらきだと考えられています。今後、病虫害耐性作物の作出や、植物免疫を活用・利用していくためには、植物ホルモンに対する応答を詳しく理解する必要があるのです。

私は、SAとJAのホルモンシグナルのバランスについて着目しています。両者のバランス(シグナルの強さ)によって、SA-JA間相互作用の結果が変わり、防御出力が決まりますが、どのようなSA/JAのバランス条件において、具体的にどのような応答が誘導されるのかについては、未だ十分に解明されていません。これまでの植物ホルモンに関する先行研究では、ホルモン処理の有無といった定性的な条件設定による実験と解析が主に行われてきており、そうした手法を通じて多くの重要な知見が蓄積されてきました。しかし一方で、SA/JAの組み合わせや、それぞれの濃度に着目した量的な研究例は非常に限られています。そこで、私はSAとJAの濃度と、その組み合わせに対する遺伝子発現応答を体系的に理解するために、大規模なホルモン処理とトランスクリプトーム解析を行っています。

一般的な植物生理学が、遺伝子の作用機序をひとつひとつ調べていくのに対して、私はまずは全体像を把握するところから、というボトムアップ的なアプローチをとっています。実験をとにかく早く・多く行うWet系(生物的な実験を行う研究)とは異なり、Dry系(コンピュータによる解析や実験を行う研究)は、データドリブン的な側面が強いです。実験を行うために共同研究先や鶴岡タウンキャンパスの先端生命科学研究会に行きますが、オンラインでのディスカッションと、統計解析が研究時間の大半を占めています。

植物ホルモンの応答状態を推定するためのバイオマーカーを開発

 研究の一環として、植物ホルモン応答状態を量的に推定可能とするトランスクリプトミック・バイオマーカーの開発に取り組んでいます。トランスクリプトーム解析は、全遺伝子の転写量を網羅的に定量できる手法として、現在の分子生物学において広く用いられています。このトランスクリプトームデータには、細胞や組織が「現在どのような生理状態にあるか」という情報が内包されており、植物の応答状態を高感度に捉える手段として注目されています。

研究の一環として、植物ホルモン応答状態を量的に推定可能とする、トランスクリプトミック・バイオマーカーの開発に取り組んでいます。トランスクリプトーム解析は、全遺伝子の転写量を網羅的に定量できる手法として、現在の分子生物学において広く用いられています。このトランスクリプトームデータは、ある細胞や組織が「今どのような生理状態にあるか」という情報が内包されています。そのため、このデータを活用することで、生き物の応答状態を高感度に捉える手段として注目されています。しかしながら、データ自体は煩雑な遺伝子と数値の行列であり、そこから有用な生物学的情報を抽出するためには、一定の情報解析スキルや知識が求められます。そのため、応答状態を直観的かつ簡便に把握することは容易ではありません。そこで私は、トランスクリプトームデータから、SA/JAの応答状態レベルを簡便かつ正確に推定するバイオマーカーを開発しました。このバイオマーカーにより、過去の研究を回顧的に分析することができたり、野外植物のトランスクリプトームと組み合わせることで、気温・日射量・病虫害といった野外環境変数とSA/JA応答との関係を体系的に分析することが期待されます。また、近年注目されている1細胞トランスクリプトーム技術(通称: scRNA-seq)に適用することで、1細胞レベルでの微細な応答状態を解析できるようになる可能性があります。現在は、このバイオマーカーを様々なトランスクリプトームデータに適用し、その有用性や汎用性を検証・解析しています。

幅広い生命科学分野の研究者が集い、日々議論し学び合える環境がSFCらしさ

私が所属する先端生命科学研究会は、幅広い生命科学分野の合同研究会です。生命科学分野といっても、モデル生物/非モデル生物といった対象生物種の違い、医学系/自然科学系といった領域の違い、実験/シミュレーションといったアプローチの違いなど、多様な切り口が存在しています。先端生命科学研究会には、そうした多様性に応えるべく、様々な生き物を扱える設備環境と、充実した技術的ノウハウがあります。そのため、自由度の高い研究スタイルのもと、自分の関心に沿って、トランスクリプトーム解析と植物生理学を融合した研究を進めることが可能でした。

また、異なる分野を専門とした同年代の学生と、日々議論できることが、他の大学院と比較して特徴的だと感じます。基本的には異なる分野ではあるものの、手法や領域など部分的に共通している要素があり、それを通じて他分野の知見や例外などを学習できるという側面もあります。

さらに、サブテーマとして、研究会のメンバーとともにホタルの自由研究を行ったこともあります。植物、クマムシ、大腸菌といった対象とする生物種が大きく異なるメンバーが集まり、彼らとともに議論を深めたり、フィールドワークに出かけたりすることは非常に刺激的でした。

学内外での研究発表を経験することで、プレゼンテーションの力も身につく

 人前で話す際に「どのように説明すれば伝わるか」を常に意識するようになったことは、研究を通して得られた成長です。当初は自分の研究内容を専門用語ばかりで説明してしまい、聞き手に十分に理解してもらえない場面が多々ありました。研究室内の発表会や学会発表を重ねる中で経験していくうち、自分の考えを論理的に整理し、相手に分かりやすく伝える力が徐々に身についてきたと感じます。

さらに、SFC学会には、学会発表の旅費や参加費を補助していただける研究助成があり、また、学内外で研究発表ができる機会も多いため、そうした点でも非常に恵まれた環境だと常に感じています。

2025年3月に開かれた慶應SFC学会の第25回学術交流大会では、「植物ホルモン濃度依存的遺伝子発現の大規模解析とバイオマーカー開発」で銀賞を受賞することができました。

今後は研究を継続し、私が明らかにした植物ホルモン応答の知見を後世に残したいです。その第一歩として、まずは国際論文誌への投稿を目指して邁進します。

研究室紹介

先端生命科学研究会

キーワード:先端生命科学、バイオインフォマティクス、システム生物学 他

研究内容:拠点となる鶴岡タウンキャンパス(TTCK)は、山形県および庄内地域市町村との連携のもと、2001年4月に山形県鶴岡市に開設されました。 同じく2001年にTTCKに創設された先端生命科学研究所は、最先端のバイオテクノロジーを用いて、ゲノム、メタゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどの生物データを網羅的に解析し、大量のデータをコンピュータで分析・モデリング・シミュレーションして理解する研究を進めています。そして、それらビッグデータに基づく「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学のパイオニアとして世界中から注目されてきました。近年は、これら技術でバイオサイエンスにブレークスルーを産み出すとともに、医療・健康、環境、農林水産物や食品などの分野に応用して、数々のベンチャー会社も誕生しています。
TTCKでは湘南藤沢キャンパス(SFC)の学部生、大学院生が滞在し、重点的に生命科学を学ぶカリキュラムが実施されており、政策・メディア研究科の学生を対象とした通年の「先端生命科学プログラム」が開講されています。