最近では、AIに質問をしたり、自作の文章の校閲を依頼したりすることも、もはや日常の風景になりつつあるという。
私が法学部で学んでいた頃、教科書といえば縦書きの書籍も多かった。それらの中には、本文の一行の幅を二行に分割して、本文より随分と小さな文字で注釈を書き込む「割注(わりちゅう)」が多用されているものも少なくなかった。そうした形式にも徐々に慣れてはいくものの、初めてページを紐解いたときには、その独特な情報の詰め込み方に読みづらさを感じた記憶がある。当然ながら、そうした書籍には、親しみやすい図やイラストが載る余地はなかった。
ところで近年では、「カスハラ(カスタマーハラスメント)」の防止を啓発するポスターを街のあちこちで見かけるようになった。残念ながら、カスハラの問題は医療現場でも例外ではない。行政機関による対策も進んでおり、私は昨年度から、医療関係者等を対象とした研修教材を制作する、ある行政機関の事業に関わっている。
教材には法的な内容も多く含まれるため、事業を進めるにあたり、知人の法学研究者や法実務家の方々にも協力を依頼することにした。その際、教材の対象者が法学関係者ではないことを考慮し、図やイラストを用いた視覚的に分かりやすい資料作成をお願いした。
後日、ある研究者から提出された、刑法の条文解説のためのイラストを見ると、それは実に見事なものだった。驚いたことに、AIで生成したものだという。縦書・割注の時代からAIが刑法教材を描く時代へー。いくつものことに興味を惹かれ、どのような指示文を書いたのか聞いてみると、どうやらボタン一つで完成したわけではなく、そこには相応の苦労があったらしい。
最大の難関は、AIの倫理条項だったという。倫理的に問題があると判断される内容について、AIはしばしば生成を拒絶するらしい。例えば、傷害罪を解説するために「診察室で患者が医師をナイフで刺そうとしている場面(悲しいことに、これは我が国の医療現場で実際に起きた事件をモデルにしたものである)」を描いてもらおうとしても、暴力的なコンテンツであるなどとして、AIは作成を拒むのだという。
では、あのイラストはいかにして完成したのか。さらに尋ねてみると、次のような一文を含むメールが届いた。
「倫理制限が掛かり過ぎるので、昨日ついに「法的に問題のある事例を扱っているのだから倫理的問題どころではないのは当然だ」、「公益目的なのに倫理制限とは、要するに凡そ刑法学ではAIを使うなということか」というような趣旨の愚痴を書き込んだところ、どういうわけか以降しばらく制限が掛からなくなりました。」
AIが、我々の意図を理解したのか、犯罪を助長するものではないと判断したのか、あるいは叱られたと思いシュンとしたのか、単なる偶然か、真相は藪の中である。しかし私にとっては、年度末の繁忙期における格好の気分転換となる、実に興味深いエピソードであった。
現在、私の職場・慶應義塾では、組織のアカウント経由で有料版Geminiが利用できるようになっている。AIの進化に乗り遅れまいと、早速『基礎から学ぶ......』といった類の入門書を注文した。春休みを利用して学習に励むつもりだが、AIが私を上記の研究者の関係者だと察知し、あまりの知識不足を理由に「仕返しをしてやろう」として、今度は私がこっぴどく説教される、ということにならなければよいのだが・・・。
ということで、今回もとりとめのない日記でした。
追伸
恐れなくてもよいものにまで怯え、取り越し苦労をする。これもまた人の常である。だからこそ、
正しく恐れるべきものと恐るるに足らぬものを見極めるための学習が必要なのだ。学生の皆さんもAIの活用と同時に学習にも努めてほしい。
