冬がやってきた。万学博覧会が開かれる十一月末、SFCの秋色は最盛期を迎え、そのあとに、すっと華麗な冬色がやってくる。
キャンパスは常緑樹に囲まれているが、中心には落葉樹が植えられている。私はその落葉樹が好きだ。葉の落ちた姿をみるとなんだか寂しい気分になります。しかし、それは春の到来の予告なのだと気づかされます。季節の循環が、未来へと続く時間をそっと示してくれる。
学部長、そして大学の常任理事を務められた、敬愛する阿川尚之先生の文集『報せはすべてよい』(千倉書房、2025年)が、一周忌を少し過ぎた12月9日に刊行された。SFCの一人として心からうれしく思う。所収された文章は、生前に先生が自ら選ばれたものだという。
本書には、随所にキャンパスの木々の息遣いが描かれている。読み進めるうちに、ああ、先生も同じ景色をご覧になっていたのだな、と不思議な安堵が胸に広がる。欅だ。金色を大地に撒いて冬の到来を知らせ、数ヶ月後には若緑の枝をぐっと伸ばして春を告げ、蒼蒼とした緑を夏風にゆらす。そんな風景の記述に触れながら、私自身の落葉樹への思いと重なる瞬間があった。
また、本書には帯文が示すように、「厳しい時期も穏やかな時期も、常に日本と米国を見つめ続けたあたたかく冷静なまなざし」が息づいている。
私は阿川先生の御著作のなかでも『アメリカが嫌いですか』(新潮社、1993年)、『それでも私は親米を貫く』(勁草書房、2003年)を愛読している。日米関係が一時的に揺らいだ時期に刊行された、静かだが強い意志を感じさせる二冊である。書斎の机から目に入る位置の書棚に、ずっと並べている。
『報せはすべてよい』には、この二冊にまつわる文章も収められている。2022年に書かれた「アメリカが今でも嫌いですか」、そして「中山さんの置き手紙――補遺『アメリカが今でも嫌いですか』」だ。研究の姿勢を正したいとき、私はいまでも『アメリカが嫌いですか』、『それでも私は親米を貫く』を手に取る。
かつて私は、常任理事となられた阿川先生が校務として中国を訪問された際、同行する機会をいただいた。その折り、研究者としてどのように中国への向き合いたいのかとお話ししたところ、先生が静かにかけてくださった言葉を、私はいまでも自らの戒めとして大切に胸に刻んでいる。
