猛烈な暑さが続いている.過去のデータによれば,関東甲信越の梅雨明けは7月中旬以降が"平年並み"のようだが,6月末からもはや真夏のような暑さである.当然,熱中症の事故も連日報告され,各種メディアではエアコンの使用と飲水励行が繰り返し注意喚起されている.思い起こせば,我々が学生の頃(昭和50年代),部活では"運動中は水を飲むな","水を飲むと疲れるから,口に含んだら吐いて捨てろ"という理不尽な指導がまかり通っていた.まあ,これに耐え抜ぬいたおかげでタフな心と体が出来上がったわけだが,過去の愚行を武勇伝にしてはいけない.もちろん,現在はこんなバカげた指導はなされなくなったが,仮に水分摂取を気をつけていたとしても,(人の体の設計にとって)想定外の高気温・高湿度化に身体の代償機構が追いつかず,残念ながらスポーツ活動,職域,家庭での死亡事故が散見されている.このような気候変動に呼応して2025年6月1日,労働安全衛生規則が改正され、職場での熱中症対策が義務化された.ようするに管理者の責任が明確化されたのである.屋外での作業が多い建設現場だけでなく、働き方改革推奨の観点から17時以降は空調を止めていたオフィスなどは対応に苦慮しているようだ.
法的な話はさておき,義塾においても課外活動における熱中症事故防止は喫緊の課題であり,つい先日,学生部からは<課外活動と熱中症対策について>が通知された.
小生も動画作成に携わったが,ブログ,SNS,配信とは距離を置いている自分が,このような形で露出することにはいろいろと思うところもあったが,義塾のためと割り切って協力させていただいた.学生の皆さんが酷暑の中で安全第一に活動してくれることを願うばかりである.このサイトでも紹介されているが,日本スポーツ協会から出されている熱中症予防運動指針では,一定の条件下では原則運動禁止とすることが明示的に通達されている.もちろん,暑熱に対する対応力は個人差があり,ある臨界点を超えたところで全員が倒れるわけではない.だから,"平気な人もいるではないか!"という意見が出るかもしれないが,しかし,ここはちょっと発想を変えてみてはどうだろう.例えば,猛吹雪の日は外出できなし.台風なら交通機関は計画運休になって,プロ野球も中止になる.つまり,災害級の悪天候なら社会活動が制限されるのはもはや"お約束"となっているのだ.猛暑日の活動が制限されるもこのお約束のひとつ,すなわち,猛暑は吹雪や台風と同列の"災害"として扱うというパラダイムシフトが必要な時期に来たと私は感じている.実際,7月4日から6日の日程で行われた陸上競技日本選手権はその日の予測暑さ指数(WBGT)によって競技時間を変更したし,某名門ゴルフ場はWBGTが一定温度を超えると一斉にプレー中止をアナウンスしているという.今となっては懐かしいスポーツドリンク,「ゲータレード」が我が国に紹介され,運動中の飲水が市民権を得た時代を"熱中症対策1.0"とするなら,罰則付きの法律改正が行われた今年は,"熱中症対策2.0"ともいえる時代なのかもしれない.
私が専門とするスポーツ医学分野では,スポーツ活動における安全管理は重要なミッションのひとつだが,その黎明期と比較してみると,今は隔世の感がある.熱中症対策もその一つだが,脳振盪に対する扱いや運動中の突然死予防などもだいぶ様子が変わった.再び学生時代の話に戻るが,当時,ラグビーの試合では脳振盪で昏倒した選手の元に救護スタッフが駆け寄り,持参したヤカンで頭から水をかけていた.冷水刺激で選手は目を覚まして立ち上がり,観衆からは大拍手が起きる.この全日本プロレス的シーンは日常的に見られた光景であり,ヤカンの水は"魔法の水"と呼ばれた.当然のことながら医学的エビデンスなどあるはずがない.また,スポーツ活動中に心肺停止が起きれば,119番に電話はするが,救急車が来るまで周囲の者は祈るしかなかった. AEDの一般解禁,BLS教育の普及,競技スポーツでのメディカルチェック(pre-participation screening)が社会に浸透したのは,ここ20年くらいの話である.もちろん,過去の出来事を現在の基準で弾劾することはできない.社会のモラルはそれぞれの時代における基準との"相対関係"で決まるからだ.今だったらNGな事が,当時は容認されていたことは少なくない.「失楽園」(日本テレビ)はもはや地上波で再放送できないだろうし,昭和歌謡,テレサ・テンのヒット曲「愛人」(荒木とよひさ作詞,三木たかし作曲)はそのタイトルからして今ならコンプラ違反となるだろう.
厄介なことは,昭和以降,"相対関係"が大きく変わった一方で,1.0の世代と2.0の世代が社会には依然,現役として混在していることだ.当然,世の中が変わったのだから2.0に切り替えるしかない.我々の時は...,昔は平気だった...,と言いたくなる気持ちはわからなくはないが,武勇伝は2.0世代を混乱させるばかりである.今は昭和100年ではなく令和7年.私もマインドセットをしっかりと切り替え,2.0基準でスポーツ活動の安全管理に携わって行きたい思う.