
井上千聖 さん
ソニー株式会社 共創戦略推進部門UXデザイン企画部
※所属は取材当時
2016年 環境情報学部 卒業
コミュニケーションデザインのワークショップをきっかけにSFCに入学
私は高校生の時にSFCが開催する第1回未来構想キャンプに参加し、SFCでの学びを体験したことから、SFCに入学することを決めました。
当初、デザインとメンタルヘルスの組み合わせに興味を持っていたため、特にデザインの分野を中心に「おもしろそう!」と感じた授業をいくつも受講しました。なかでも私が一番楽しかったのは特別招聘准教授だった水野学さん(good design company代表)の「ブランディングデザイン」の授業です。例えば企業ロゴのデザイン依頼があったとして、それに対して単にロゴのグラフィックだけを考えるのではなく、まずバックグラウンドに目を向け、クライアントである企業がロゴ制作によってどんな課題を解決しようとしているのかを探り、ロゴ以外の分野も含めてデザインの力を活かせる場所を考える必要があるなど、実際のブランディングデザインの仕事に即した話を聞くことができました。また、それまで私はデザインには生まれ持った感性(センス)がなくてはならないと思っていたのですが、「センスは知識から生まれるもの」ということもこの授業で知りました。水野さんの授業があまりにおもしろかったため、大学時代にはgood design companyでアルバイトもさせていただいたほどです。デザインが生まれる過程を現場で学ぶことができる、非常に貴重な経験でした。
研究会でアイデアをカタチにする
エネルギーデザインの研究をされていたオオニシタクヤ先生(元環境情報学部准教授)の研究会に所属していました。「とにかくやってみる」「アイデアをカタチにする」がモットーの、活発で和気藹々とした研究会で、私が研究会の友人と2人で取り組んだのは、「ENERGIRL」という同世代の女子にエネルギーに興味を持ってもらえるきっかけをつくるプロジェクトです。当時流行り始めていた「徒歩でいく女子キャンプ」に注目し、「焚き火はキャンプにつきものだけど、あまりたくさんの薪を持っていくのは大変」という課題を発見。「焚き火の熱エネルギーを保存してカイロのように使うプロダクトがあれば、少ない薪で長い時間、温まることができ、ゆっくりおしゃべりができるのでは」という発想から、解決のプロダクトとして、キャンプ場で拾った石を焚き火で熱し、それを入れることができる保温性の高い容器を粘土で焼き上げました。プロダクトだけでなく、省エネ・創エネのメッセージを込めたポスターと活動記録のマガジンも制作した「ENERGIRL」プロジェクトは、SFCのXD合同研究展示会で6位という評価を得ました。
研究会で経験した自分の手を動かしてモノをつくる大切さや楽しさは、社会に出てからも「アイデアをカタチにするためにはまず行動しよう」という私の生き方の基礎となりました。
最新のテクノロジーを活用して、新たな価値創造を目指すプロジェクトを企画
卒業後はソニー株式会社に就職しました。プランニングの仕事をしたいという思いがあったことと、学生時代にソニーでインターンをした際に、参加したプロジェクトの面白さに加えて、風通しのよい社風で若手でものびのびと活躍できると感じたことが決め手です。
これまで、ヘッドホンやイヤホンの企画や、それらと接続して使うアプリケーション「Sony | Sound Connect」の企画に携わっています。このアプリではオーディオ機器の各機能の設定ができるので、ユーザーひとりひとりがより自分好みに音楽を楽しめたり、他にも視聴履歴から自分の音楽ライフをふりかえるなど、アプリならではの楽しみを届けています。加えて、Sound AR™*という現実世界に仮想世界の音が混じり合い聴覚でのAR体験ができるソニーの最新技術を用いたプロジェクトにも携わってきました。そのひとつとして、ドライブというシーンで、周辺環境や走行状態に合わせてインタラクティブに変化する音楽を楽しむ体験を実験するイベント(WONK's Sound Drive)を企画・開催して、新しい音楽体験を探索した経験もあります。これからもプランナー兼ビジネスプロデューサーとして、たくさんのアイデアをカタチにして、多くの人に楽しんでもらえるモノやサービスをつくりだしていきたいです。
*Sound AR™とは、現実世界に仮想世界の音が混ざり合うソニーによる新感覚 の音響体験です。

いけばなとの出会いから、花材とテクノロジーが融合する作品づくりへ
現在、私は草月流のいけばなをベースとしたアート作品の制作にも取り組んでいます。そのきっかけは、社内の部活動として華道部に入ったことです。チームでひとつのプロダクトを生み出す普段の仕事とはまた別に、自分自身の手で何かをつくり出してみたいと考えていけばなを始めました。さまざまな花材を用いて自由に個性を表現できる草月流のいけばなに夢中になり、数年かけて師範の資格も取得しました。
さらにいけばなを始めたことから、立体造形の基礎を正しく身につけたいと考えるようになり、デザインの専門学校に1年間通いました。社会人になると大学のような授業形式で学んだり、作品の講評を受けたりする機会がほとんどないため、表現のテクニックを身につけると同時に自分の得意分野や不得意分野にも気づくなど、新鮮な刺激を受けることができました。
作品づくりでメインとなっているのが「ハナテク」というシリーズ作品です。ヘッドホンやスピーカー、カメラなど仕事でも深く関わる電子機器と植物などの花材を組み合わせることで有機物と無機物の違和感を楽しんだり、そこにさまざまなメッセージを込めています。最新作の「自撮花」は、カメラとミモザの花とや蔦などを組み合わせた作品で、人が近づくと作品が勝手に「自撮り」をします。撮影された写真は花が主役で、鑑賞者となる人は脇役となって背景に溶け込んでいる一枚となっています。この写真を見ながら、ふと普段の自撮りで登場するつくられた自己像や写真における人のあり方についても考えられたら、という試みです。
大学で培ったデザインへの向き合い方をはじめ、いけばなの美意識、仕事や学びの経験といった私だからこそつくることができる作品を、これからも突き詰めていきたいと思います。

これからで学ぶみなさんへ
SFCはやりたいことがある人たちがたくさん集まって、試行錯誤を楽しむことができる素敵な場所だったと思います。マイノリティやマジョリティといった区分はなく、いろいろな人が新しい価値をどんどんつくりだしていくおもしろさがありました。素晴らしい先生方が揃っていて、社会に出た今だからこそ、SFCに戻って学びたいと思える授業がたくさんあります。やりたいことがある人や、やりたいことを見つけたい人には最高の環境だと思うので、ぜひ思い切って飛び込んでみてください。
自分の興味関心がどこにあるのかわからない人は、高校生のうちにSFCの研究成果発表イベントであるORF(Open Research Forum)や、展示会、展覧会などの「場」に直接足を運んでみるといいと思います。作品を見るだけでなく、足を運んだ先で出会った人と話したり、コミュニティを知ったりすると、一気に世界が広がりますよ。
