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2025.06.03

不易と流行―生成AIから思うこと|環境情報学部長補佐 秋山 美紀

つい最近、私の恩師であるT名誉教授の喜寿(七十七歳)のお祝い会がありました。その席で祝辞を述べた60代の先輩が、T先生の著作の数々、インタビュー記事、講演の映像、審議会の会議録など様々な素材を、最新のChat GPTに読みこませ、それと会話をしながら纏め上げたという先生の功績を披露してくださいました。Chat GPTが纏めたT先生の歩みは、#生い立ちから現在まで、#慶應義塾大学での研究と思想形成の原点、#介護保険制度創設への貢献と思想の成熟、#地域包括ケアシステムの提唱と制度設計への中心的役割、#T氏の理念と価値観―発信内容から読み解く、#次世代へのビジョンと期待、という6セクションにわたる計2万字の大作でした。もちろん先輩による最終ファクトチェックがあってのことでしょうが、内容も相当に正確で、改めてChat GPTの進化に感心しました。

Chat GPTをはじめとする生成AIの登場により、今までの仕事のやり方も、教育内容も、変革の時を迎えています。私自身ですら、会議録や報告書の作成・要約をする際に生成AIの力を借りることによる恩恵を受けています。かつては覚えなければできなかったこと、たとえばプログラミングのコードは、自分で覚えなくても、的確な指示を出せば生成AIがコードを書いてくれるようになりました。ハーバードビジネスレビュー誌に掲載された論文によると、現代のテクノロジースキルの平均寿命は5年、短いスキルは2年半とのことですから、情報教育においては、もはやコードを学ぶことよりも、何を作り上げるかという構想力や、フィルターバブルの中で偽情報に踊らされない情報リテラシーを獲得することの方がより重要になっているように思います。

「不易と流行」-大学教育においては、変わらない本質的なことをしっかりと議論しつつ、変わっていく部分は常に最先端のことをやっていかねばなりません。前者の変わらない本質的な部分は、慶應義塾においては幸いなことに、福澤先生や小泉先生らの著作の中に多くを見出すことができます。慶應義塾における「学問」とはどのようなものか、多種多様な人材を輩出することがなぜ大事なのか、「独立自尊」や「自我策古」といった言葉もさることながら、「自由」、「勇気」といった、私たちが日頃何気なく使っている言葉の意味するところも、偉大なる先人の著作の中から様々な気づきを得ることができます。

偽情報が流布し、人々が不安になったり憎しみを持ったりして、世界に分断が起きるのは、歴史を振り返れば今に始まったことではありません。今日の情報システム、特にSNS等のプラットフォームのアルゴリズム、生成AI等の仕組みや特徴を理解し、無自覚な人々がどのように情報操作されうるのかといったリスクを学ぶことはとても重要だと思います。一方で、情報を多角的に捉える力、批判的に吟味する力、世間に流されず己のやるべきことをやり抜く力は、慶應義塾創設時から時代を超えて、むしろ大学教育のコンピテンシーとしてより重要になっているように思います。

前述の恩師は、日本の介護保険制度や地域包括ケアシステムの創設に貢献した方ですが、その過程を振り返って、慶應義塾のリベラルな学風や福澤先生の「独立自尊」の精神が、制度の変革や設計の根底にあったと述懐されています。私も、大学教員として、守るべきものを守りながら、変革を恐れない精神を持ち続けたいと思っています。


秋山 美紀 環境情報学部長補佐/環境情報学部教授 教員プロフィール