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2025.05.13

今年はセルビアで調整係|健康マネジメント研究科委員長 石田 浩之

前回に引き続き,アイスホッケーの話題.現在,アイスホッケー世界選手権の大会運営の仕事でセルビアのベルグラードに来ている.ちょうど,1年前の同じ時期はラトビアのリーガにいた.世界選手権がセルビアやラトビアで?と思われる方も多いだろうが,国際アイスホッケー連盟(IIHF)が主催する世界選手権は男女別,年齢別,世界ランキングのカテゴリー別に多数あり,世界選手権と称されるものは男女合わせて年間30−40大会が世界各地で開催される.その最高位に位置するのが"IIHF World Championship"だが,日本の女子はこのトップカテゴリーに参戦し,男子は,その一つ下のカテゴリーである"World Championship division I group A"に参戦している.このように,年間多くの大会を行うのはIIHFの戦略であり,その意図は"アイスホッケーは北米,北・東欧だけのスポーツではない"ということを明示的にアピールするためだ.野球やソフトボールに見るように,特定の地域のみで親しまれている競技はしばしば,その"国際性"が問題となり,オリンピック種目としての是非が問われることを繰り返しているのはご存知の通り.そのような批判を避けるため,IIHFは金銭的,人的支援を惜しまず,アイスホッケー後進国の連盟をもしっかりとサポートし,強い,弱いや競技人口の多寡に関係なく,彼らを"仲間"として巻き込んでアイスホッケーを全世界のスポーツとして展開することに尽力している.実際,加盟国にはクウェートやUAEなどの中東諸国も名を連ね,メキシコで開催される世界選手権もある.支援の一環として,すべての大会にはIIHFからchairperson,officiating coach(大会運営のサポート),そして医事統括責任者が派遣されるわけだが,派遣される役員側にも苦労は多い.私が拝命している医事統括責任者には総勢約20名が世界各国から選抜されているが,このメンバーが年間2大会前後に派遣される.最近は政治的ないざこざもあるので,ちょっと面倒なことになっており,例えば,私が今来ている大会はセルビア,イスラエル,オーストラリア,オランダ,ベルギー,UAEが参加国だが,当初主催予定国だったオーストラリアが政治的理由で辞退し,急遽,セルビア開催となった.一方,セルビアは旧ユーゴからの独立戦争の時にNATOの空爆を受けており,NATO加盟国であるオランダに対する感情は穏やかではない国民もいて,オランダチームの滞在先ホテルの調整に苦労したと聞く.当然,IIHFから派遣される役員の国籍にも一定の配慮が必要であり,政治や民族的に対立しない日本人である私が選ばれたと想像する.学生の時にはまともに世界史を勉強した記憶はなく,国際政治も疎かった自分であるが,この仕事をするようになってからは地雷を踏まないように,一定の事前知識を持って現地入りするようにしている.今回でいえば,過去に観た「灼熱」(ダリボル・マタニッチ監督 2015年)や「アイダよ何処へ」(ヤスミラ・ジュバニッチ監督 2020年)のほか,NHKの「映像の世紀」などから得た情報が参考なった.映像素材とはいえ,素手で行くよりはよっぽどいい.あとは増田明美さんの解説ではないが,セルビアの伝説的英雄はストイコビッチとジョコビッチだとか,セルビアは水球が強いとか,セルビア人は民族的に男女とも背が高いなどの豆知識は,現地の人との距離感を縮めることにしばしば役立つ.

さて,肝心の仕事であるが,国際連盟の基準に則って安全管理体制が整備されているかの監査と,実際にけが人や脳振盪が出たときの対応,そして各国からの様々な要望に対する現地の医療機関との調整が主になる.大学でも,海外出張でも,はたまた家庭でも調整ばかりの人生なのでいささか疲れてしまう.

大会開始早々,怪我をした選手が病院に運ばれたのだが,X線を撮るのに2時間以上待たされたという陳情という名のクレームが来た.たしかに,当該選手やスタッフがナーバスになっているのは理解できるが,選手とはいえ,初診患者でおまけに外国人.当該国の健康保険にも加入していないのだから,病院における患者登録の事務処理だってそう簡単には行かない.私も選手側として参加した大会では,同じような経験は何度もしてきた.そう,みんな勝手なことを言ってくる.要望を挙げてきた国には「おたくの国で大会やったら,早くできるんですか?」と言いたいところだが,ここはグッと我慢.調整係という立場上,「仕方ない」とも言えないので,運営サイドとの全体会議では,「それぞれの町の病院事情や国の健康保険制度をリスペクトする前提ではあるが,病院側には国際大会という特殊性も考慮いただき,ディズニーランドのファストパスのようなネゴシエーションをお願いしたい」という提案をしてみるも,みんなキョトンとしている.そうだ,この人たちはディズニーランドに行ったことがないのだと気づき,説明の仕方を訂正したりする.

まあ,こんなことをIIHF chairpersonと協力してやるのだが,それぞれの主張を一定量認めながら,どこに着地させるか,経験豊かなchairpersonの手腕は参考になる場面が多い.これはまさに我々の大学院の学位プログラムの一つである"スポーツマネジメント学"に通じるものだ.できれば,我が国で多くの国際大会が開催され,学生たちにも参加機会を与えることができれば良いのだが,アイスホッケーに限らず,我が国で国際大会を主催するハードルは施設,地域の協力,交通手段,救急体制などの点で意外に高い.そのような中,9月には2025東京デフリンピック(日本初開催!),そして2025東京世界陸上が開催される.前者には平田昴大君(健康マネジメント研究科後期博士課程修了,スポーツ医学研究センター研究員),後者には医事統括責任者として真鍋知宏君(同准教授)が関わる.このような経験を積み重ね,スポーツをやる側だけでなく,支える側で活躍する塾生,塾員が増えることを望むばかりだ.

残念ながら無観客開催となり,2020東京五輪ではその機能を十分に発揮できず,大戦末期の戦艦大和のごとく鎮座していた新国立競技場がいよいよその真価を発揮し,2025世界陸上では世界の国々からの選手,観客を受け入れる光景を見るのが楽しみでならない.





写真1:会議の様子.皆笑顔で写真納まるが,席上では主張の応酬となることも少なくない
写真2:1999年,NATOの空爆を受けた旧参謀本部ビル.空爆の記憶を風化させないため,あえて現状のまま残していると聞く
写真3:東京の銀座通りにあたるクネズミハイロヴァ通り終点にあるカレメグダン公園には軍事博物館があって,様々な軍事兵器や資料が展示されている.街中には広がる穏やかな光景とのギャップが印象的だった

石田 浩之 健康マネジメント研究科委員長/教授 教員プロフィール