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2023.06.13

旅は身軽に|常任理事/政策・メディア研究科教授 土屋 大洋

最近の国外出張はほとんどが大学の業務に関わるもので、自分の研究のための出張にはほとんど行けない。しかし、4月に今一番関心があることについて、なかなか自分で参加したくても参加できない会議に招いていただいたので、思い切っていくことにした。

月曜日の夜に出て、金曜日の朝に帰ってくるが、会議が開かれるスペインのマドリードには2泊しかしないので、2泊5日の旅だ。月曜日の昼間に三田キャンパスで対面で参加しないといけない会議があったので、月曜日の昼間の便に乗ることができなかった。それに乗れれば、乗り換え1回の余裕のある行程だったのだが、そうはいかなかった。私の登壇は、到着日に設定されていて、1分でも早く現地に着きたかった。

まず、羽田空港からドイツのフランクフルトに飛ぶ便に乗り込む。しかし、飛行機が羽田空港に到着するのが遅れたため、出発が30分遅れてしまう。フランクフルト空港はとにかく大きいので、入国審査とターミナルの移動にとても時間がかかる。もともとの乗り換え時間は2時間20分だったが、飛行機が遅れたので乗り換え時間は2時間未満だった。しかし、なんとか次の便に乗ることができた。ちょうど昼の時間だったが、次の便では食事が出ないというので、サンドイッチを買う余裕すらあった。

ところが、この2本目の飛行機も、滑走路の混雑でなかなか離陸しない。少し焦りが出てくる。次の乗り換えはブリュッセルで、当初予定で50分しかない。入国審査はないし、それぐらいでなんとかなるだろうと踏んでいた。しかし、ブリュッセルに着いたのは40分遅れ。これは3本目の飛行機に乗れないかもしれないと焦りながら飛行機を降りると、幸いなことに次のゲートは向かい側だった。そのまま、ほとんどの人が乗り終わった後の搭乗列の最後に加わった。この時点で、スーツケースは届かないだろうなと覚悟した。

ここ数年、出張ごとにあれこれ考えるのが面倒なので、長い出張でも短い出張でも、大きなスーツケースを使う。スーツケースに入れるもののリストを作っておき、着替えの数だけ変えて、あとは機械的に放り込み、スーツケースは預け荷物にしてしまう。しかし、今回は現地2泊だし、タイトな乗り換えなのだから、機内に持ち込みできる小さな鞄にすれば良かったのだ。後の祭りだ。

会議の登壇時間がジリジリ迫る中、最終目的地のマドリード空港に定刻に着いた。一応、カルーセルでスーツケースが出てこないかと待ってみるが、案の定出てこない。荷物のカウンターで手続きをして書類をもらい、ようやくタクシーに乗り込んで会議場に向かう。

会議には間に合ったが、着替えるスーツはない。少しカジュアルなYシャツとジャケットは着ており、あくまで念のためにネクタイは1本、手持ちの鞄に入れておいた。しかし、ズボンはジーンズだ。いささか変な格好だが、演台があるので、ズボンはほとんど見えない。ネクタイだけ締めて話し終えた。

後は他の人の話を聞くだけだ。なかなか聞けない話が続くのでおもしろい。その合間に航空会社のウェブサイトを確認すると、同じ路線で数時間後に到着するフライトがあることがわかった。今晩中にスーツケースは届くだろうと安心した。その晩、知り合い2人とホテルのレストランで軽い夕食をとり、部屋でスーツケースを待つことにした。

しかし、その晩、スーツケースは届かなかった。ウェブ上でスーツケースをトラックすると、どこかで見つかり、マドリードに向かっているという表示のまま動かない。

翌日、私が前日に乗ったのと同じ便でスーツケースは届くに違いない、午後早い時間には届くだろうと期待していた。会議を聞きながら、時々ウェブを確認するが、動きはない。と、突然、携帯電話が鳴った。知らない番号だが、きっとスーツケースのことだろう。慌てて会議場を出て受信ボタンを押すと、向こうは「ハロー!?」と叫んでいる。こちらも返すのだが、こちらの声が聞こえないようだ。しばらく互いに叫び合うものの、ブツッと切られてしまった。何回かその番号にコールバックするものの誰も通話を受けてくれない。

2日目の会議が終わる頃になってもスーツケースは届かず、私は東京を出たときと同じ格好をしている。めずらしく旅行保険に入っていたので、保険の内容を確認すると、荷物の遅延もカバーされることがわかった。といっても、最低限の下着類の購入をカバーしてくれるだけだ。それでもありがたいので、ホテルのフロントでどこで下着が買えるかと聞くと、デパートに行けという。到着以来、ホテルの外へ一歩も出ていなかったので、散歩がてら行ってみようと外に出た。夕方の時間だが、まだマドリードの太陽は高いところにある。なるほど、夜が長いわけだ。

通りを歩いていると、首から会議のバッジを提げた二人組とすれ違おうとするとき、「プロフェッサー、面白い話だったよ」と握手を求められた。「どうも、どうも」と適当に挨拶をした。

デパートに行くと、表示が全部スペイン語でよくわからない。入り口のガードマンに、男性の洋服は何階かと英語で聞くと、片言で教えてくれた。「私の英語が下手でごめんなさい」なんて謝ってくれる。良い人だ。

男性服売り場の3箇所で必要なものを一通り買ったが、3人の店員は誰も英語をしゃべってくれなかった。しかし、靴下売り場では、熱心に、これじゃなくてこっちが良いと勧めてくれた。パンツ売り場では、おまえのサイズはこれだなと見繕ってくれた。良い人たちだ。

スーツケースがいつ来るのかわからないが、今晩は着替えられそうだと安心し、軽食も買ってホテルに戻ろうとぶらぶら歩き出した。余裕があれば美術館にでも行きたかったのだが、翌日の朝早くにホテルを出て帰国便に乗らなくてはならない。今晩中にスーツケースを取り戻しておきたい。と考えていたら、またもや会議参加者とすれ違った。「プロフェッサー、食事に行こう。なんで反対向きに歩いているんだ」と聞かれた。今晩の夕食会は、会議の正式メンバーだけと聞いていたので、もともと行く気はなかったのだ。「いや、明日すごく早いし、スーツケースがまだ届かないんだよ」と言い訳して辞去した。

またもやウェブを確認すると、動きはない。仕方ないので、ホテルのレセプションにこういう事情で困っているんだと相談すると、どこかに電話をしてくれた。すると、今晩10時にスーツケースが到着するということだった。時差ぼけで早く眠りたかったが、10時まで待つことにした

ウトウトしていると、果たしてドアがドンドンと叩く音ではっと目覚めた。ドアを開けると、ホテルの従業員が何やら包みを持っている。昼間に部屋の清掃に入った際、他に何も荷物がなかったので、チェックアウトした際の忘れ物だと思って清掃員が持って行ってしまったものだった。別に捨てられてもかまわないものだったが受け取った。しかし、スーツケースは来なかった。こりゃもうだめだなと諦めて眠ってしまった。

時差ぼけもあって午前4時に目が覚める。6時にはホテルを出ないといけない。ノロノロと準備をしていると、電話のランプが点滅している。留守番電話のメッセージが入っているらしい。電話が鳴ったのに私は気づかなかったのだろうか。録音されたメッセージを聞くと、午前1時半にスーツケースが届いたというメッセージだった。やれやれ。ホテルのフロントに降りていってスーツケースを受け取った。

帰国時の乗り換えは1回だけで、間隔は70分ある。フランクフルト空港の中を余裕を持って移動して羽田行きの飛行機に乗り込んだ。

日本時間の金曜日午前8時10分、羽田空港に着いた。すぐに移動し、10時から三田キャンパスの対面の会議に出なくてはいけない。ところが、航空会社の職員さんがすーっと寄ってきた。「お荷物が届いておりません。」

さすが日本の航空会社の手続きは速かった。スーツケースの届け先を記入し、身軽な体で三田キャンパスに向かった。しかし、自宅に荷物が届いたのは、やはり翌々日だった。

これまでも旅行中に荷物が届かなかったことはあるが、往路も復路もなくなるというのは初めてだ。どうも欧州の旅行需要が急激に戻ってきているのに、空港で働く人手が十分に戻ってきていないことが原因のようだ。飛行機が空港に到着してから荷物を下ろして次の飛行機に載せるのに時間がかかっているのだろう。帰国後のニュースを見ていたら、羽田空港も人手が足りていないと報じていた。まだコロナ禍の影響が残っている。これからいっそう機械化・自動化されていくのだろうが、まだ追いついていない。

個人的には、着替えとか、念のためにスーツケースに入れているものとか、そういうものはいざとなればなくてもなんとかなるというのが教訓だ。そして、どうしても必要なものは手持ちの鞄に入れておけば良いし、何なら現地で調達すれば良いということだ。考えるのが面倒くさくなって私のスーツケースの中身はどんどん膨らんでいるが、あまり必要でないものも毎回運んでいるということになる。

帰国してからたまたまピカソのゲルニカについて特集するテレビ番組があった。マドリードのソフィア王妃芸術センターでゲルニカは展示されている。日本から同じ会議に参加した知り合いは見てきたそうだ。スーツケースなんか放っておいて、ゲルニカを見たほうが良かったのかもしれない。せっかくのチャンスを私は失ったのだろう。

この出張の後、自分の部屋を見渡して、余計なものがいっぱいあるなあとため息が出る。いつか読むかもしれないと積んである本や書類が多い。捨てようと思って手に取ると、やはりいつか何か書くときに必要になるかもしれないと思ってしまう。もう確実に寿命の半分は過ぎているから、これからは減らしていかないといけない。人生という旅も身軽にしよう。

土屋大洋 常任理事/政策・メディア研究科 教授 教員プロフィール