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2021.11.02

ベルモンドさん 安らかに.|健康マネジメント研究科委員長 石田 浩之

20211102_おかしら日記石田写真.jpg9月,フランスを代表する俳優ジャンポール・ベルモンドさん死去のニュースが届いた.フランスの前衛的映画運動,いわゆるヌーヴェル・ヴァーグ(Nouvelle Vague)を代表するスターとして我が国でもファンは多いと想像する.同時期に活躍した同じく仏俳優のアラン・ドロンと対比して語られることが多いが,典型的"二枚目"のドロンより,"le charme"(魅力)を感じさせるベルモンドの方がフランス国民には愛されていたようで,マクロン大統領は"国の宝"と語り,国葬級の扱いで追悼の葬儀が行われたと聞く.

多感な時期,私はなぜか多くのフランス映画を見てきた.ご存知のように,名作と評されるフランス映画ほど難解なものが多く,時に,いつ始まっていつ終わったのかもわからないものにも遭遇する.ハリウッド的な勧善懲悪や起承転結がなく,男女関係も定型的ではない展開は,10代の自分とっては理解できないことも多々あったが,一方で日常生活では得られない刺激と欧州の匂いを感じ,こういった名作を理解しようする努力が大人になるための登竜門だと思っていた.例えば,ベルモンドが主演した「気狂いピエロ」(ジャン・リュック・ゴダール監督).初見では,ストーリーや台詞は全く意味不明.南仏の海の美しさと,女優アンナ・カリーナの魅力しか記憶に残らなかったが,一定の経験を経た上でこの映画を見直してみると,男の憧れ,滑稽さ,悲哀などが凝縮されており,名作との評価に共感できるようになるから不思議である.

映画にしても本にしても,年月を経た上で,見返してみる,あるいは読み返してみると,全く解釈が変わるという経験は良くあることだ.自分自身の例をもう一つ挙げるなら,「男と女」(1966年仏作品 原題:un homme et une femme,クロード・ルルーシュ監督).フランシス・レイ作曲による印象的な主題歌の旋律はたぶん,誰でも一度は耳にしているはずだが,作品まで見た人は極めて少ないという珍しい映画でもある.IT以前という時代背景を鑑みても,まったりした展開,進むようで進まない男女関係など,ストーリーだけを追えば,たぶん,若者は10分で眠くなってしまうだろう.しかし,大人になっての再見では,特に叙情的な部分で本当に良くできた作品だと気付く.パリの北西にある季節外れの海辺の避暑地ドーヴィル.ここを舞台に男と女の物語は展開されるのだが,画面の構図,音楽,男と女の会話,場面によって切り替わる白黒と天然色の映像,そして,女優アヌク・エーメの匂い立つ色気等々,全てが見事に調和していて,過去に見て感じた退屈さは微塵もない.事実,この作品はカンヌ映画祭でグランプリを獲得し,当時全く無名だった監督のルルーシュや作曲家のフランシス・レイは貧困に別れを告げることになる.実はこの映画へのオマージュで私は舞台となったドーヴィルの街を訪れてみた.大西洋の海の色,そして長く広い砂浜に延々と続く板張りの歩道プランシュ(les planches)は映画のままの姿で現存し,海の家が乱立するわが国の海岸線とはかなり趣を異にしていた.街にはカジノあり,競馬場あり,逢瀬の場面となったホテル・ノルマンディーは荘厳そのもの.フランス富裕層の避暑地での過ごし方を垣間見ることができたことは貴重な経験となった.

残念ながら,紹介したような古くニッチな映画はオンデマンドサイトに載りにくいので,たぶん,だんだんと人の目に触れなくなるのだろう.果たして文化の淘汰なのか,映画好きのノスタルジーなのか,私にはわからない.でも,本業とは無関係に,先人の残した財産を次の世代に伝える作業は必要だと日頃から感じている.ようやく新型コロナも収束の兆しが見えてきた.SFCにも学生が徐々に戻ってくるだろう.巣篭もり期間が長かったのだから,せっかく来たついでに湘南の海まで足を伸ばしてみるのも悪くない.季節外れの海は夏とは違った情緒があって素敵である.もしかしたら,男と女の距離も少し縮まるかもしれない.

石田 浩之 健康マネジメント研究科委員長/教授 教員プロフィール