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2021.08.27

システム的感覚とチームの力|土井 裕介さん(1998年環境卒業、2000年政メ修士修了)

土井 裕介さん

株式会社Preferred Networks 執行役員 計算基盤担当VP
/博士(情報理工学)(東京大学)

1998年環境情報学部 卒業
2000年政策・メディア研究科 修士課程修了

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Green500というリストが存在します。世界のスーパーコンピュータTop500のうち、電力効率が良い(1ワットあたりの計算回数が多い)ものを順に並べたリストです。Top500/Green500は年に2回公表されますが、私が勤めるPreferred Networks(以下PFN)で構築した MN-3というコンピュータは、このリストで2020年6月に世界1位、同年11月に2位、2021年6月に再び1位を獲得しました。

コンピュータにとって電力効率は本質的に非常に重要です。計算機の電力効率はほぼそのまま計算機の性能の限界に直結します。従って、同じ水準の半導体技術で作ったコンピュータであれば、より電力効率が高い設計のコンピュータはより高い性能となります。実際にMN-3で使っているアクセラレータ(大規模計算を加速する専用のコンピュータ)のMN-Core(これもPFN社内で設計)は、より先進的な半導体技術で作られた他社アクセラレータよりも高い電力効率が出せており、設計技術だけで半導体技術の世代をひっくり返すだけのインパクトがあるということが示せました。

今後、各種産業にとって、今後コンピュータ、計算能力の重要度は増していくと考えています。深層学習をはじめとした機械学習により、産業が抱えている現実的な課題に取り組めるようになってきています。画像認識や言語理解のみならず、化学、創薬、製造業やロジスティクスに至るまで、様々な領域でコンピュータの力をつかいこなす、それも今までとは比較にならない「計算量」を確保して自分達の問題をモデル化して解いていく、そういった時代がはじまりつつあります。私達は、このような状況下において、計算能力が産業において決定的な競争力の差を埋むと考え、自分達でコンピュータと、そのコンピュータを利用する産業を作ろうとしています。

さて、冒頭でも書きましたが、このように考えて作ったコンピュータであるMN-3が、ある尺度においては世界一のコンピュータとなりました。そして私は、この世界一のコンピュータを含めたPFNの計算基盤全体の責任者となっています。確かにSFCでは村井研究室でインターネットに関して学び、分散システムも含めた研究・実践をしましたが、スーパーコンピュータとは本来無縁の人間です。当時はPFNも小さい会社だったのもあり、いろいろな仕組みが構築途上でした。その中で、学生時代に培った「システム管理」のスキルを発揮してしまい、情報システムや計算基盤のお守りをすることになり、その延長線上で今のキャリアとなっています。

ふりかえってみると、この「システム」という単語が、私のSFCから現在までを紐解く鍵であったように思います。もちろん「システム管理」と一般的な用語としての「システム」は同一のものではありませんが、システム的な考え方を身につけているかどうかは、実社会で物事を組み立てていく際におおきな違いとなるように思います。

SFC時代は、村井研究室でドメイン名システムという技術の研究をしていました。学部当時はまだ視野も狭く、ひたすら研究室に籠って狭い技術を掘り下げるだけでしたが、修士1年の時に受講した授業(確か井関先生だったように記憶していますが、なにせ20年以上も前のことなので記憶があやふや)でクーンのパラダイム論に触れたり、フォン・ベルタランフィやらウィーナーやらにはまり込んだりと、急に視野を広げられた瞬間があったように思います。もちろん、授業等だけではなく、周辺には全く異質なことに取り組んでいる人々がいて、学内にいるだけで広い領域を俯瞰できたのもよかっただろうと思います。

その後技術系研究者としてのキャリアを歩んだ中で、異なるコンポーネント、人や価値観、それらの組み合わせと関係性から成立する「システム」の考え方が貴重なものである、ということを自覚したと思います。案外優れた技術者・研究者であっても、あるいは数学・アルゴリズムを含めて国際的に評価されるレベルの飛び抜けた実力があっても、システムとして統合して何かを構成する、という段階となると、一人では全てを見切ることはできないことが多いようです。異なる視野・視座をどう統合していくのか、という部分について、SFC的なトレーニングが基礎になっているのかもしれません。一方、SFCだけで閉じてしまっては見えないもの、辿り着けない奥深い世界があるのも事実です。

端的に言うと、SFCでいくら学んでも世界一の電力性能のコンピュータの作り方はわからないです。一方、自分より優れたものを認め、自分に境界を作らずに、取り込めるところは貪欲に取り込みつつ、優れたチームのために自分の力を差し出すことができれば、世界一のチームの一員になることはできますし、もしかしたら、世界一のコンピュータを使って世の中を変えていくことができるかもしれません。物理的には藤沢の里山に隔離されているSFCですが、新型コロナウィルスで世界が一気にリモート化された現在、逆に広い世界に入り込むチャンスかもしれませんね。