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2020.11.24

東京オリンピックは開催できるのか?|健康マネジメント研究科 公衆衛生・スポーツ健康科学専攻長 石田 浩之

新型コロナウイルスの世界的感染拡大が止まらない.この状況下で来年の2020東京オリンピックは開催可能なのか?この疑問については情緒的なものも含め,色々な人が色々な意見を述べている.私はスポーツ医学を専門とするが,臨床医学だけでなく,大会時の医療・安全管理体制の構築にも数多く関わった経験があるが,そもそも新型コロナウイルスに限らず,大会運営は常に何らかのリスクを伴うものである.安全管理の戦略は,リスクを最小化するための努力を最大限に行うと同時に,起きうる事象を想定し,それが起きた時の対処をしっかりと準備することに尽きる.これを現場実装するには,医学の知識のみならず,スポーツマネジメント学に長けた人材の参画は欠かせない.特にコロナ禍は未曾有の出来事であり,これまでとは全く異なった枠組みの構築が要求されるので,がんの治療ごとく,集学的に知恵を集めることが必要だろう.

オリンピックを開催するにあたっては,選手の安全(今回で言えば,感染予防)をいかに保証するかが最大の課題であり,そのための仕組みづくりがキーポイントとなる.これが整えば,オリンピックは実施できると私は考えているし,2020東京大会組織委員会や国内競技団体が中心となって,仕組みづくりの基礎データとなる壮大な社会実験がすでに展開されている.観客をどうするかの議論はその次の段階と考えるべきだろう.

東京オリンピック実施に向け大きく潮目が変わったのは,先ごろ開催されたテニス全米オープンの成功である(大坂なおみ選手が優勝した大会).ここでは大会中にPCR検査を繰り返すと同時に行動エリアを制限するという手法で,選手および選手エリアに入る者の安全確認体制を構築した.大会エントリー時だけではなく,エントリー後48時間,さらに4日ごとにPCR検査を繰り返しながら,移動は会場と宿泊施設間に限定し,宿泊先からの外出は禁止された.行動は監視カメラで管理され,ルール違反があった場合は即,棄権+罰金となる.この管理下に置かれたのは選手,スタッフ,大会運営関係者であり,彼らが閉じ込められた安全な空間は"Bubble"(泡)と呼ばれた.つまり,Bubbleの中は安全が担保されたエリアであり,大会はすべてこのBubbleの中で進行するという仕組みである.結局,大会中クラスターは発生することなく(大会中の新規PCR陽性者は1名だけだったと聞いている),無事,競技を完結することができた.もちろん,無観客という制限はついていたが,少なくとも,選手が安全に競技できる環境を提供するという実証実験は成功したのである.

翻って,東京オリンピックにおいて,果たしてこのBubbleが作れるのであろうか?テニス全米オープンと夏季オリンピックでは規模が違う.大会時の選手村には15000-20000人が滞在する予定なので,全ての人にPCR検査を繰り返しながら,巨大なBubbleが選手村と会場を覆うというイメージになる.気の遠くなるような話であるが,我が国の威信にかけてこれをやり切るべく,多くの専門家が議論し合いながら準備を進めているのが現状なのだ.ちなみに観客をBubbleに閉じ込めることは不可能なので,観客は選手たちから一定の距離を取り,遠巻きにBubbleの中で繰り広げられる競技を観戦することになるだろう.

実は慶應義塾にとってもBubbleは人ごとではない.既に慶應義塾と英国オリンピックチーム,パラリンピックチームは,事前合宿を日吉キャンパスで行うことで合意しているので,この合宿においても英国チームを何らかの形のBubbleで囲む必要性が生じてくる.一方,コロナ以前の想定では,事前合宿を機会に学生と選手たちの交流も期待されていた.場所だけ貸して,義塾の学生たちがBubbleの外から遠巻きに選手を見ているのではあまりにも寂しい.ボランティアとして手を挙げてくれた学生諸君のためにも,英国チームと一緒にBubble内で共生できる方法を,社中の知恵を集めて模索して行きたい.

石田 浩之 健康マネジメント研究科 公衆衛生・スポーツ健康科学専攻長/教授 教員プロフィール