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2018.11.27

Q&Aで強くなる | 柳田遼太さん(2016年総合卒業)

柳田遼太さん
 
日本航空株式会社
運航本部 運航訓練部 フェニックス訓練室
操縦士訓練生
 
総合政策学部2016年卒業
 
yanagiimage1.jpeg「建築はひとりではつくれない。設計者がアイデアを伝え、使い手と作り手と協力して一つの大きなものを作り上げる。単なるハコやモノではない、それは『究極のコミュニケーション』です」。今でも大切にしている私の恩師の言葉です。2013年夏、アフリカ・コンゴ民主共和国。日本で設計した小学校が実際に建ちあがった瞬間の、爽やかな感動とともにはっきり覚えています。
 
大学公認のプログラムで実際に建設まで経験できる貴重な機会が、SFCにはたくさん転がっていました。いずれも問題解決のための場やツールとして建築を必要としていたもので、異分野のゼミとの共同プロジェクトです。現代社会に立ちはだかる普遍的な問いに対し、建築には何ができるのか。そして、一人ひとり違うバックグラウンドを持つ集団の中で、いかに全体最適のコーディネートができるのか。SFCで学ぶ4年間は、いつもそのQ&Aの繰り返しでした。
 
卒業後、運航乗務職(自社養成パイロット)として日本航空に入社し、現在は米国アリゾナ州フェニックスの訓練所にてパイロットになるための訓練を受けています。
慶應義塾にとっては、SFCの存在そのものが未だに新しい挑戦のつづきであり、SFCの中にもまた、小さな挑戦を応援する気風があります。共に切磋琢磨し、同じ道を歩いてきた同期がみんな大学院へ進むなか、途中で新しい道へ進もうとした私の背中さえも押してくれたのがこのキャンパスでした。
 

全員でゴールを目指す

航空会社が自ら生み出せる商品は「フライト」ひとつに尽きますが、実際にはそのひとつを生み出すために、多くのスタッフが高度な専門性を必要とする仕事を行っています。パイロットはそのうちの一人ですが、他にも整備士、客室乗務員、空港業務、貨物輸送、機内食のシェフなど、また間接部門でも一人ひとりが専門性の高い仕事を行い、それらがつながった結果として一つの商品を生み出しているのです。文系・理系にとらわれず、様々な研究領域が集合し、一つの問題解決に挑むSFCの世界と似ています。
 
問題が大きく複雑になるほど、様々な領域からの複合的なアプローチが必要になるでしょう。飛行機を運航する仕事も、自力で空を飛べない私たち人間にとって壮大な挑戦であり、決して一人では成し遂げられません。この多様な仕事の集合体で求められるのは一人のエースではなく、全員が力を合わせ、最高のパフォーマンスを発揮できるチーム力です。なぜなら一人ひとりに与えられたフィールドがあり、お互いがかけがえのない仲間であり、たった一便のフライトでも、全員が揃わなければ運航できないからです。
 
パイロット訓練生である私たちも、入社後の1年~1年半程度、さまざまな部署で地上業務実習を行います。私は空港支店で勤務しましたが、そこでもやはり、グランドスタッフとしてどれだけチームに貢献できるか、すなわち、いかに全体最適のコーディネートを一人ひとりが考えられるかによって、仕事の結果=お客さまの満足度が変わってくることを学びました。そうして目指すべきそのゴールもまた、究極のコミュニケーションでした。
 

自分の敵は自分yanagiimage3.jpeg

私たちが今まで生きてきた世界では、多くの場合、自分の敵は他人であって、ある集団の中で最も秀でている1人が成功者となる、そんな「勝ち抜き式」のしかけがしばしばありました。学力試験を行い、数字で順位付けを行うのはその一例でしょう。一方で、パイロットの世界では少し違うしかけがはたらいています。
この世界では、誰かを蹴落としたものが勝者となるのではなく、誰もが「基準」を満たせば副操縦士やその先の機長になることができます。パイロットは全員平等に目標に向かうチャンスがあり、一致団結して厳しい訓練を受けますが、ここでは自分にとって最大の敵は自分自身であり、その敵から救ってくれるのは周りで自分を見ている仲間です。お互いが、諦め、妥協、甘え、能力の低さなど、弱い部分を見抜き、奮い立たせ合う世界です。
 
人間一人ひとりの能力や考え方には違いがあり、皆、それぞれの強みと弱みをもっています。集団の中で自分の弱みをいかに克服し、一方でどれだけ強みを発揮できるのか。自分の能力とフィールドで、何を皆に還元できるのか。それらはパイロットにとって永遠の問いでもあります。常に形を変え、一つとは限らない答えを探し続けるプロセスは、奇しくもSFCで繰り返したQ&Aのそれと同じでした。
 
ライト兄弟の初飛行から120年が経ち、社会が変わり、飛行機が変わり、あらゆる物事のめまぐるしい変化を経ても未だに変わらないのは、パイロットが人間であるということ。私たちはこれからも、歴史とともに積み重ねられた技術と知恵とを受けつぎながら、永遠の問いに挑戦していきます。
 

Q&Aで強くなるyanagiimage4.jpeg

パイロットの基礎訓練で必要不可欠としていることのひとつに「経験の共有」があります。限られた時間の中で一人の人間が経験できることには限界がありますが、同期全員が集まって経験や失敗を共有することで何倍もの知恵を得られるというものです。私たち訓練生は飛行訓練のあと、毎晩寮で集まり、その日にあった経験や失敗を同期にさらけ出す時間を作っています。訓練においてもっとも大切な時間のひとつです。
 
SFCでも、オミクロンの製図室や研究棟に、毎日夕方ごろから自然と人が集まってくるそれに似た時間がありました。わざわざ声をかけなくとも、先輩や同期が自然と集まり、一緒に製図や模型作りのスキルを身に着けていく文化が既にあったのです。そこで多くの人の意見を聞き、試行錯誤を繰り返す日々でした。今もそういう文化が続いていればいいなと思っています。
自分ひとりでは得られなかった新しい視野を他人から与えられることで、見えてくるのは足りない部分や考えの甘さ。そういった自分の「弱い部分」を何かのせいにせず、真っ向から向き合うことは私たちに課せられた最もハードな仕事のひとつです。いかにそれを乗り越えて弱みを克服し、一方でどれだけ強みを発揮できるのか。何度も真剣にそのQ&Aを繰り返した日々が、今も変わらない私のSFCスピリットであり原動力です。
SFCでの4年間は、人間として大切なことを私に教えてくれました。それは今パイロットの訓練でも生きています。私の訓練は始まったばかりであり、これからも長い修行が続いていきますが、SFCで学んだ誇りを胸に、アリゾナの空で一歩ずつ前に進んでいきます。
 
yanagiimage5.jpeg若きSFC生のみなさん。SFCはフリースタイルであり、何にでも全身全霊を捧ぐことを許してくれます。それは実はこのキャンパスのハンデでもありますが、その強さを活かし、一方で弱さを補うこと、それこそがここで学ぶ醍醐味です。ぜひQ&Aを繰り返し、高い壁を乗り越えてください。その途中、迷ったときは「SFCスピリッツ」のアーカイブを読むとヒントが見つかるかもしれません。しかし、あくまでヒントです。すでに夢を叶えたように見える偉大な先輩方も、かつてSFCを旅立った一人ひとりに過ぎず、皆長い旅路の途中ですから。