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2009.06.03

「理論」と「実践」の融合

SFCスピリッツ

「理論」と「実践」の融合

渡邊将志さん
松井証券株式会社 営業グループ グループリーダー(営業開発担当)
(2009年6月28日の株主総会後、同社取締役に就任予定)
1994年総合政策学部

"Nothing is so practical as a good theory."「良い理論ほど実践的なものはない」
これは、心理学者のクルト・レヴィンの言葉です。

この言葉を初めて見たのは、早稲田ビジネススクール(MBA)に行く少し前のことでした。それまで、「理論」と「実践」は対極に位置すると考えていましたので、「理論が実践的?なんか学者特有のレトリックで現実味に欠けるなぁ」との印象を持ったことを覚えています。あれから4年経った今、改めてこの言葉を見ると、「確かにその通り」と思います。なぜ、そう思うようになったのか、これからご紹介したいと思います。

実践で芽生えた思い

私は大学卒業後、日興証券で個人営業、NY支店、M&A業務を経験した後、松井証券という社員が100名ほどの小さなネット証券に転職しました。そこでは広報IRという新聞記者や投資家に会社の戦略を説明する仕事をしていました。年間300名ほどの人と会いますので、それなりに勉強になりましたが、常に付きまとっていた劣等感がありました。それは、「自分で新たな価値を生み出した経験がない」、もっと言えば、「新しい企画やアイデアをどう考えたらよいかわからない」ということでした。そこで、一度、キャリアを中断して、大学院で新しいアイデアを生み出す方法論を研究してみようと思い、会社を退職して、早稲田のビジネススクールに入学しました。

実践から理論へ

ビジネススクールでは、修士論文を書くための研究期間が1年ほどありました。そこで、すかさず、「新しいアイデアを生み出すための方法論(クリエイティビティ理論)」を自分なりに打ち立て、修了後、その理論を実践しようと思い、研究に取り掛かりました。研究プロセスとしては、まず先行研究を調べ、過去の理論をベースにした仮説モデルを構築しました。その後、過去の理論にはない「新たな発見(something new)」がないかを探るため、新商品開発をしているクリエイター10名にインタビューをし、「どのようにしてアイデアを出すのか?」その秘訣を探りました。そして、過去の理論とインタビュー結果を組み合わせて、自分なりの「クリエイティビティ理論」を構築しました。そこに至る過程では、インタビュー内容を録音したテープを耳にこびりつくまで何度も聞き返しましたので、最後の方はクリエイターの言葉を暗唱できるようになっていました。そのため、この理論を完成させたときには、不思議と「自分でも新商品の開発ができるはず!」と根拠のない自信に満ち溢れていました(今から思えば恥ずかしい限りです)。そこで、この理論を武器に、再度、実務の世界で勝負をしようと思い、松井証券に戻り、新商品開発を担当する部署に配属させてもらいました。

ちなみに、この研究成果をまとめたものを本にしました。
『論理力より創造力』(講談社出版サービスセンター)渡邊将志(著)
http://www.bk1.jp/product/02802014
アマゾン等でも購入できますので、ご興味があれば、ご一読ください。

理論から実践へ

いざ実務の立場に戻ると、さて困りました。新商品開発の「研究」はしていましたが、「実践」は初めてです。ただ、アイデアを生み出す方法論は知っていましたので、「ああでもない。こうでもない」と試行錯誤を繰り返した後、「夜間先物取引」という新サービスを思い付きました。普通、新しいアイデアは、「何もないところからポッと生まれてくるもの(無→有)」と思われがちですが、これまでの先行研究やクリエイターの発言から、新しいアイデアというのは「組み合わせ」であることを学びました。具体的には、これまで結びつかなかった既存のモノが組み合わさることで新たな価値が生まれる、これが「クリエイティビティ(アイデアの創出)」なのだということです。夜間先物取引についていえば、「夜間取引」も「先物取引」も既に行われていた既存の取引です。しかし、この二つを組み合わせた「夜間先物取引」、つまり夜の時間帯の先物取引は、これまでほぼ行われていませんでした。理論を知っていたが故に、これまで結びつかなかった既存のモノを組み合わせることで「新たなアイデア」を生み出すことができたというわけです。恐らく、ビジネススクール時代に「理論」を構築していなければ、思いもつかなかったはずです。その意味では、「良い理論ほど実践的なものはない」とのレヴィンの言葉を実証したともいえるかもしれません。

昨年、TV番組に出演し、夜間先物の紹介をしました。その時の映像はこちらです。
http://www.matsui.co.jp/news/topic/archive/20080723.html

理論と実践の融合

このように「実践→理論」、「理論→実践」と移って、今日に至っていますが、これからは「理論と実践の融合」をより一層図っていきたいと考えています。その一貫として、昨年、修論作成時にご協力いただいたクリエイターの方と「クリエイティビティ研究会(早稲田の公式な研究会)」を発足しました。名称は、「CLIP(Creative Leader's Interactive Project)」です。私も含めメンバーがビジネススクールの授業に講師として出席するなど、理論と実践の橋渡し的な活動を既に始めています(いつかSFCでも、このような活動ができるといいのですが)。また、今は、先に構築した理論の有効性について、実務を通して検証をしているところですが、新たに発見したことを随時、盛り込んでいきたいと考えています(理論の補強)。また、それ以外にも実務で疑問に感じたことがあれば、それらをテーマに新たな研究に取り組み、理論化していきたいとも考えています。このように、これからは、「理論→実践→理論…」と、理論と実践の間を行ったり来たりしながら、できることの範囲を増やしていき、世の中に「新たな価値」を提供していきたいと考えています。

(掲載日:2009/06/03)