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2009.07.09

証券業と貧困・開発問題の狭間で

SFCスピリッツ

証券業と貧困・開発問題の狭間で

鈴木脩さん
証券会社 デットキャピタルマーケット部
2008年総合政策学部卒業

私は、高校の時にテレビで見たドキュメンタリーをきっかけに、貧困問題に興味を持つようになった。内容は、途上国に住む少年へのインタビューであった。10台前半ほどの彼は、貧しさ故に学校には行けず、親の仕事である日干し煉瓦造りを手伝っており、将来はエンジニアになりたい、と言っていた。この少年が将来エンジニアになることが出来るだろうか?私は、この番組を見て暗澹な気持ちとなると同時に、学べる状況にありながら日々を無駄に過ごしている自分に対して強い憤りを覚えた。

このような出来事をきっかけに、大学生活では、貧困問題の解決に寄与したいとの思いから、勉強だけでなくNGO活動など様々なことに手を出した。その中で、私は開発経済学という学問に出会い、西山朗先生の下で貧困と経済成長について、学んできた。

こんな私だが、現在は証券会社で働いている。
人に経歴の話をすると、よく「ずいぶんと毛色の違う仕事をしているね」という旨のことを言われる。確かに、大学時代長く時間を共にし、それぞれの角度から貧困・開発について学んできた友人たちは、就職先でも何らかの形で貧困・開発と向き合っている。彼らの選択は尊敬すべきものだと思うが、私には出来かねることであった。

私の知識不足かもしれないが、貧困・開発に携るというと、公的セクターもしくは、非営利団体によるアプローチが中心のように感じる。しかし私は、このようなセクターからだけでなく、民間の営利団体からのアプローチが増えなければ根本的な問題解決には至らないのではないかと思った。経済活動の多くは、民間セクターによって行われているように感じられたためである。そんな理由で私は、民間セクターへの就職、中でも大学時代に勉強した経済学が少しでも役に立ちそうな証券会社への就職を選択した。

では、私が証券会社で何をしているかというと、社債引受を行っている(正直な話、貧困や開発とはあまり関係は無い)。社債引受と一口に言っても、業務は多岐に渡るわけだが、中でも私は企業への資金調達の提案と、案件遂行時に企業と証券会社を繋ぐ、営業的な立場を担っている。

この仕事で、重要かつ最も興味深いのは、マーケットを理解することであると思う。マーケットは、新聞やテレビなど次々と舞い込むニュースや、様々な経済指標などの影響を受け、刻々と変化する。報道に敏感に反応するマーケットの潮目を読みながら、機動的に企業への提案を行っていく現在の業務は、慌しくも非常に刺激的で、私自身楽しく働いている。

さて、希望通り民間セクターで、社会人としてのスタートを切ったわけだが、実際に貧困・開発に役に立つ視座が得られたかと言うと、不明である。それに、冒頭に掲げたような問題意識は、気をつけていなければ、日々の業務に追われる中で薄れていってしまう。

それでも私は、今の生活をしばらく続けてみるつもりである。何より今の仕事が好きだし、問題意識が薄れないよう、職場の近い友人たちと貧困に関する勉強会を始めた。大学時代から参加しているNGO活動も、継続中である。全く違う二足草鞋を履くのは少々骨が折れるときもあるが、二つの事象を並走させる中で、人とは少し違った視点から、貧困・開発問題を捉えることが出来るのではないか、と信じている。


余談だが、私は4年の夏にケニアのNGOでインターンを行った。そのNGOはリーマンショックの影響を大きく受けている。と言うのも、そのNGOの主な活動資金がアメリカの公的ファンドから出ており、アメリカの予算が国内の景気対策に回されたことによりファンドの資金が少なくなり、NGOにも資金が来ない、という事態が発生したためである。金融を理解することは、開発を理解する足がかりにもなりうる、と思った出来事だった。

(掲載日:2009/07/09)