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2011.07.19

当事者として、問題発見・解決に当たる

SFCスピリッツ

当事者として、問題発見・解決に当たる

赤井啓嗣さん
農林水産省水産庁企画課(大臣官房政策課)
2009年総合政策学部卒業

私は総合政策学部を2009年に卒業し、現在は農林水産省の中で主に水産に係る法律業務を担当しています。今回は、この場を借りまして、明治34年につくられ幾度の改正を経て今なおわが国の漁業制度の根幹をなす「漁業法」の考え方を紹介したいと思います。野心的なSFC生におかれては、「なんとけしからん漁業制度か。改革すべし。」と息巻く方もいらっしゃるかもしれませんが、よりよい漁業制度のアイデアがあればぜひ教えていただければと思います。

さて、逗子や鎌倉で海水浴をしたことのある皆さんなら、「ここでアワビやウニを採るべからず。違反者には罰金10万円 ○○漁業協同組合」という立て看板を見たことがあるのではないでしょうか。一方、マイカー通学の皆さんなら、駐車場で「無断駐車厳禁。違反者からは10万円申し受けます」と警告してあるのを見かけたことがあるかと思います。

両者を見比べたとき、前者の立て看板にある種の違和感を覚えないでしょうか。というのも、後者の場合は、その敷地は駐車場運営会社のものなので、無断で使用したときはお叱りを受けるわけですが、前者の場合、「海」は誰のものなのでしょうか、その漁協のものなのでしょうか。違いますよね。では、海の所有権者でもない漁協がなぜこんな看板を立てているのか。

以下、少し掘り起こして回答したいと思います。考えてみれば、日本周辺の海のガバナンスは極めて骨の折れる作業です。何となれば、海を覗くと、ワカメや昆布などの定着性資源に加え、カレイや平目などの底魚資源、アジやサワラなどの回遊資源などが立体的にも水平的にも輻輳して分布しています。また、それらを獲る漁法についても、潮流に合わせて網を敷設し待ち伏せ的に魚を獲る定置網漁法、生簀の中で魚を大きくする養殖業、群れを一網打尽にするまき網漁法、底引き網漁法など、実に多様な漁業種類が同時に展開されています。

皆さんの中には「それは日本固有のことではないのではないか」とのご意見があるかもしれませんが、それは当たりません。暖流と寒流がぶつかる日本周辺の魚種の豊富さは世界一(例えば、ノルウェーの場合は、ニシンとタラの生産量を足し合わせると全体の9割を占めます。一方、日本の場合、生産量トップ19までを足し合わせてやっと生産量の9割に達する)であり、水産資源を貴重なタンパク源としてきた歴史の中で様々な漁法が開発されてきているのです。

このような中で、行政が調整をしないと、「万人の万人による闘争」を招きます。そこで、各県において、その地先水面の「どこ」を「誰に」使用させるかについて総合的な計画をつくり、その計画に基づいて「漁業権」という権利を免許することとしています。その際、定置網漁業や真珠の養殖等については効率性も求められるため、企業への免許も認めていますが、アワビやウニや昆布といった定着性の貝や藻類を獲る漁業については、漁協に免許することとしているのです。

その心はというと、まず、定着性資源は漁村集落に存在する生活資源であって、それに依存して生活を営んでいる漁業者に享受させるべきという価値判断があります。加えて、長年その地先で資源を利用してきた経験知からくる、資源を枯渇させないための「掟」が漁協にはあり、その「掟」による秩序の中で、漁村の維持と資源の持続的利用を両立させようという政策判断があります(「掟」の例としては、「○○cm以下のアワビは採ってはいけない」や「○月から○月までは禁漁」など)。

長くなりましたが、逗子で見られる立て看板の正当性は、神奈川県知事が漁協に免許した漁業権に見出すことができるというわけです。

そろそろまとめに入りますが、農林水産業を考えるとき、その「業」を伸ばすと同時に、漁村や農村といった「ムラ」を守ることにも配慮することが重要だと個人的には思っています。その意味では、農林水産業に対する政策アプローチは多様(あるときは構造改革的、あるときは雇用維持的)で、解決すべき問題は重層的です。その意味で、「問題発見・解決」を社会から託された(語弊を恐れずにいえば、東大生に解けない問題の解決を託された)SFC生が果たすべき役割や活躍できるフィールドは、農林水産業において枚挙に暇がありません。SFCスピリットで、日本の農林水産業、日本の集落機能を元気にしましょう、そして、日本の一体感、日本人としての誇りを取り戻しましょう。


(掲載日:2011/07/19)