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2008.02.14

2008年春の雪|阿川尚之(総合政策学部長)

地球温暖化を憂うる声が喧しいというのに、この冬はことのほか寒い。冬の冬らしい天気が続く。北海道旭川では、零下34.6度を記録した日があったそうだ。想像を絶する寒さである。昨夏訪れた旭山動物園のオランウータンのモモちゃんは、大丈夫かなあ。案内してくれた旭川の友人T先生とその奥さまはお元気だろうか。ミシガンへ留学中のわが研究会メンバーSさんの便りによれば、空気を入れ替えようと寮の窓を少し開けておいたら、そのまま凍りついて閉まらなくなったという。

1月末、京都同志社大学へ集中講義にでかけた。土日をはさんで6日間、毎日のように雪がちらつく。授業初日、京都駅から地下鉄に乗り大学のある烏丸今出川駅で地上に出た。陽が射しているのに雪が降っている。細雪が肩にはらはらかかる。太陽が雲に隠れると空気が急に冷たくなり、再び顔を出すと冷気がほっと緩む。同志社ゲストハウスの前庭に、キャンパスの隣、相国寺開山堂の枯山水の庭に、雪が降る。比叡の山の頂きもすっかり白く覆われた。

週末アメリカからやってきた友人家族と、近鉄特急に乗って奈良を訪れた。寒さで人がまばらな奈良公園にときどき小雪が舞い、鹿が凍えてうずくまる。東大寺南大門の仁王さまたちは、素足に草鞋履きで寒そうだ。友人は医者で、「仁王さまの足の骨と筋肉は、解剖学上極めて正確だ」と、妙なことに感心している。運慶、快慶のご両人、喜んでください。三月堂の内陣、日光菩薩と月光菩薩も震えていた。他の仏さまたちは、あんまり寒いものだから身動きもしない。参拝する私たちも、お堂のなかで白い息を吐いた。

外へ出て、二月堂から坂を下る。築地壁の瓦がうっすら白い。葉を落として丸裸になった境内の木々は、固いつぼみをいっそう固く閉じ、寒さに耐えている。いくつかの枝に、おみくじが結ばれていた。あれは何だと友人に訊かれ、日本では古代からおみくじを枝に結び、あるいは枝そのものを結んで、幸運を祈る風習があるのだと教える。そういえば、万葉集巻二、有馬皇子の歌に、「岩代の 浜松が枝を引き結び、ま幸くあらば また帰り見む」というのがあった。

横浜へ戻ってまた雪が降り、港中が真っ白になったその数日後、関内のある店でわが研究会の追い出しコンパが催された。平素と異なり、卒業する4年生は正装のいでたちである。終日学校で働き、遅れて着いた私が少し食べて飲んで元気を取り戻したころ、下級生諸君がつくった卒業記念DVDが流された。SFCに残る一人一人が、画面で別れの言葉を述べる。OB・OGも登場した。Sさんを中心に、徹夜で編集したという。思いがけないプレゼントに、4年生のみんな、感激の面持ちである。

DVDの最後は、音楽を背景にSFCの日常を映すスライドショーだった。雑然とした私の研究室、カッパ館の階段、生協の陳列棚、かも池、学食のテーブル、メディアセンターの一角、普段何気なく見ている風景が、なつかしい。卒業する諸君にとっては、なおさらだろう。DVDが終わり、画面が暗くなって、一瞬静寂が訪れた。

この日の夜は少し寒さが緩み、横浜は雨だった。これから次第に日が長くなり、冷たい雨もほんの少し暖かくなる。SFCを巣立ち新しい道を歩みはじめる4年生諸君に、そしていましばらくSFCに留まる私たちにも、春が来る。

(掲載日:2008/02/14)

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