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2008.05.22

犬の気持ち|金子郁容(政策・メディア研究科委員長)

私を含めて、SFCの教員のなかには、いろいろな研究プロジェクトを通じて、携帯電話業界とおつきあいがある人が少なくないだろう。マスコミで騒がれたナンバーポータビリティの動向をどうとらえるかとか、通話範囲の広さやサービス対応をどう評価するかなどについては、意見は分かれるだろう。しかし、テレビ CMに関して言えば、ダントツに、例の犬の家族が面白い。

最近のは、おとうさん犬が(たぶん)小学校のクラス会に久しぶりに参加する話だ。初恋の相手に再開するのだが、にぎやかなクラス会が終わり、家に戻って来ると、なにやら沈んでいる。「楽しかったの?」と聞く娘にもあいまいな返事。意中の人とあまり話す機会がない中、その人はあいかわらずモテモテだったからか。「俺は外科医で、お前は社長か」など大声を出して笑っている仲間の中で、自分だけなぜ犬になったのかと思っているのか。あるいは、昔の甘酸っぱい気持ちに静かに浸りたいのか。

私の小学校は、慶應幼稚舎で、よくも悪くも、クラスの仲間は男女のへだてなく仲がよく、男女という気持ちなく過ぎた。そのせいで、ホワイト家族のお父さんのようなクラス会は経験していない。その代わり、幼稚舎に二年生から編入する前の別の小学校でのかすかな思い出がある。やや複雑な事情で、私は、実質的に、小学校二年生を二回経験したのであるが、一年生のとき、二年生のある女の子が、憂いのある表情で、ひとり、たたずんでいるという風景を、今、鮮明に思い出した。毎日しばしばケンカをしながら仲良く下校するような女の子の友達は数人いたが、その子の姿は特別のメモリースペースに入っている。

名前は覚えていない。「特別」な事情で入って、すぐ去った学校なので、クラス会のお知らせは一度ももらっていない。なにかの拍子でクラス会の通知が舞込んで来たとしたら、ホワイト犬お父さんの気持ちが分かるかもしれない。

(掲載日:2008/05/22)

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