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2009.08.31

やめる決断|國領二郎(総合政策学部長)

経営学者として、企業経営者のお話をうかがう機会が多い。その経験から、何かをやめる決断をするのは、何かを始める決断をするのと同じか、それ以上のエネルギーを要するものなのだなと思う。特に多くの従業員をかかえ、それなりの売上をあげているような事業を中止する時には、当然説明を求める声や、反対論などがうずまく。その事業に愛着を持つ先輩たちがいたりすることも多いので大変だ。

1980年代の終わりごろに、ビール業界に大変革をもたらしたアサヒビール樋口廣太郎氏の経営を密着研究させていただいたことがあった。その時のアサヒビールはドライビールで攻勢をかけるにあたって、既存の主力商品だったラガービールの販売を完全に停止し、在庫もすべて廃棄してしまうという荒業をやった。それで、時代が変わったというメッセージを明確にして、広告宣伝などの迫力が高まる効果が生まれた。ふりかえって、ドライビールを始めたことよりも、ラガービールを止めた意思決定の方が意味深かったように思う。

経営論としては何を目指すのかについての明確なメッセージあったから、何を捨てるのかについての納得も得られやすかったのだと思う。それから、当時の既存ビジネスが危機的な状況にあったから、思い切ったことができたのだとも言える。

しかしそれは理屈で考えるほど、簡単なことではなかったはずだ。思い出すのは取材の途中で、樋口さんがしきりと「先人の碑」の建立に言及されていたことだ。販売店など、過去の発展を支えてくださった方々に敬意を表するものだとの説明だった。荒業はチャネルの方々にとっても相当な負担だったはずで、チャネルを築いてきた方々に敬意を表したいという意図は一応理解したつもりになっていた。しかし、今になって、SFCの次の20年、などということを考え始めて、樋口さんが、なぜあれを強調されたかったのかが改めて感覚として分かるようになってきた。先輩の作られてきたものを壊したり変えたりするのは、並大抵の業ではない。

(掲載日:2009/08/31)