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2009.08.06

対面 VS 「対面」|金子郁容(政策・メディア研究科委員長)

二年前から理工学部・SFC・文学部・経済学部など学部・研究科横断的なチームで"夢のある"研究プロジェクトに取り組んでいる。十年後に、「コ・モビリティ社会」とわれわれが呼んでいる、「人と人のつながりが豊かで、安心安全で、環境負荷の低い社会」を作ろうというものだ。鍵は技術革新と社会イノベーションの融合だ。このプロジェクトの中で、私は遠隔医療の実証実験に取り組んでいる。

地域医療の「崩壊」が言われているが、その背景には医療サービスを提供する側と受ける側の相互不信が互いの不安を助長するという「負のスパイラル」があると言われている。われわれのアプローチは、人々の交流の機会を増やすことで安心感を促進しつつ、最先端技術を活用した遠隔医療システムの導入によって予防・診療の生産性を上げるということだ。

昨年度は東京都西多摩郡奥多摩町と共同実験をした。高齢者率30%以上の過疎地で、山間部が多く医療施設に行くのが極めて困難、住民の平均寿命が周辺自治体で最も短い。健康は町の最優先政策である。この実験では、町内に5つある限界集落などにテレビ電話端末を設置し、都心のクリニックにつなぎ、80名ほどの高齢者を中心にした参加者に、半年間遠隔予防医療相談をネットを介して行った。実験の事前と事後に測定と血液検査をして体重、血圧、血糖値、中性脂肪などの値の変化を見た。その結果、参加した医師が驚くほどの数値の改善があった。

参加者全員の平均値として、測定した19項目のうち8項目について統計的に有意な改善が認められた。悪化した項目は1項目のみであった。遠隔システムを使わない、同年齢の外来患者のグループと比較したところ、外来患者グループは改善がほとんど認められなかった。参加した医師によると、遠隔システムの効果があったことはまちがいないが、それとともに、遠隔セッションをしに地域の集会所にお年寄りが集まってくることで話が弾み、互いを誘い合って散歩をしだしたりして、食生活が変化したことが大きいのではないかという。

もうひとつ、面白いことが分かった。実験終了後のアンケート調査で、大多数の人が「遠隔相談の方が、病院で直接医師と対することよりよい」と答えてたことだ。テレビ電話インターネットを介しての『対面』のほうが病室での『対面』より安心感があったということだ。

(掲載日:2009/08/06)