MENU
Magazine
2010.07.02

iPadの衝撃|徳田英幸(政策・メディア研究科委員長)

Apple社のiPadが5月28日に国内でも発売になり、巷でいろいろな話題を提供している。私の参加した「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」では、iPadやKindleは電子出版における黒船に例えられていた。実際、私のまわりでもかなり多くの方々が使い出している。iPhoneを大きくしただけではないかと言う人もいるが、開発者の狙い通り、従来のPCとiPhoneなどのスマートフォンの利用形態の隙間を埋めているように思える。当初、アマゾンの電子書籍リーダKindleとの対比で紹介されていたが、iPadは、新しいスマート端末のジャンルを確立しつつあるように私は見ている。ここでは、我々,計算機科学の研究者から見たiPadの優れている点と劣っている点を見てみよう。

図1: iPadとスマート端末群
図1: iPadとスマート端末群

メディアが提供する没入感

私は、電車で移動する時は、iPhone上で産経新聞を読んでいる。朝の通勤電車のなかでよく見かける紙を器用に折り曲げて読むスタイルではなく、iPhone上で読みたい記事をスクロールしながら読んでいる。一方、産経新聞のiPad版を使って新聞を読むと、スクロールの回数が減少し、読むという本来の作業に集中できるのである。スクロールの回数が減った分、没入間が増している。かつて、Marc Weiser氏が指摘したペンといったオールドテクノロジーで作られた人工物とシリコンテクノロジーで作られたPCのような人工物とのギャップが明らかに縮んでいる。

ソーシャルメディアとしてのフラットディスプレイ

デジカメで撮影した写真をグループがPC上で閲覧する際、従来のPC用ディスプレイでは、完全にフラットになるモデルは少なく、全員が同時に写真を見る事が難しかった。また、皆で簡単にでテーブル上のデバイスをくるくる回しながら写真を見るといった場面を作りづらかった。このサイズ、薄さ、重さ(まだ重いと思うが)が実現した共有ディスプレイは、いろいろなアプリケーションに向いている。ちなみに、私の研究室で開発したuTextureというスマートデバイスは、iPadのように1台でアプリを動かすだけでなく、複数台つなげた状態で、1名あるいはグループで使えるといった協調作業環境も提供している。

図2: uTextureを使ったSmart Multi Displayアプリケーション例
図2: uTextureを使ったSmart Multi Displayアプリケーション例

消えたネットワーク

携帯電話がいつでも電話網につながれているのはあたりまえなのであるが、iPadのような大きさのスマート端末がインターネットに3Gネットワーク経由で常時接続可能という点がすばらしい。ただ、3G電話網経由で、大きな画像などが入っている新聞誌面を読むときなどは、ちょっと待たされてしまう。また、国内モデルでは、あいかわらずSIMロックがかけられており、自分の好きなキャリアを選択できない不便さがある。

初期設定

初期設定の手順は、iPhoneの購入者がおこなうアクティベーションモデルを踏襲しているようで、クレジットカードの登録など、PCを使って面倒な手続きをしなければいけない。せっかく、自分でも使えそうだと思った高齢者にとっては、ここが一番の見えないハードルである。大きな販売店やApple Storeでは、この手続きをサポートしてくれているようであるが、改良すべき点の1つである。

プログラミング開発環境とファイルシステム

SFCの学生用に、PCをiPadで置き換える可能性も議論したが、今のままでは無理である。特に、プログラミング開発環境とファイルシステムの欠如は、厳しいものがある。メディアを消費するだけのユーザは気づかれないかもしれないが、いざ、プログラムを開発してみようとか、映像を録画、編集してみようと思うと、PCより劣っているのが事実である。カメラが付いているiPhone4では、ビデオの編集までデバイス上で可能となったのであるが、プログラミング開発環境は、やはりPCを使っている。

かつて、メディア学者のマクルーハンは、メディアが変わると人々の行動様式も変わると主張したが、iPadのようなスマート端末は、明らかに、我々の日常生活に大きなインパクトを与えるであろう。これは、PC時代の終焉と、これからのスマートユビキタス端末時代の到来を示唆している。

(掲載日:2010/07/02)