メタボローム解析

政策・メディア研究科 修士2年 中宿文絵

所属プログラム:先端生命科学(BI)

山形県鶴岡市の研究拠点「先端生命研究所」でがんの研究を行う

 私は現在、湘南藤沢キャンパスではなく、山形県鶴岡市にある鶴岡タウンキャンパス、通称TTCKという場所を拠点としています。TTCK内には、最先端のバイオテクノロジーを活用した実験・研究を行う「慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)」が設置されており、現在その研究所で、がんの代謝に関する研究を行っています。
私が取り組んでいるのは、『がんの悪性化にかかわる代謝』の研究で、中でも特に"上皮間葉転換=EMT"に着目した研究を行っています。
"EMT"とは、皮膚や臓器などの"上皮"とよばれる部位の細胞が"間葉細胞"という別の形態に変化する現象のことです。"上皮細胞"は球形に近い形で、細胞同士の結びつく力が強く、安定しています。一方"間葉細胞"は平たく細長い形で、細胞同士の結びつきが弱く、不安定な状態にあります。"上皮細胞"がこの"間葉系細胞"に変化すると、細胞が動くスピードが早くなったり、動ける距離が長くなったりすることが知られています。
この現象は胎児の発生や傷の治癒の過程で重要な役割を果たす一方で、がん細胞においては、他の臓器への転移や、抗がん剤への耐性獲得など、がんの悪性化につながることがわかっています。私の研究は、このがん細胞の"EMT"において、どのような代謝がおきているのかを包括的に解析しようとするもので、がんの悪性化の仕組みの解明や治療法の開発につながることを期待しています。

世界随一研究設備が揃うTTCKと、メタボローム解析

 まず、 "EMT"を発生させる個別の因子というのはすでに色々と報告されています。たとえばがんの内部に酸素が行き届かず低酸素状態になるといった環境変化や私の実験においても解析をしている"トランスフォーミング増殖因子"というたんぱく質もその1つです。ある特定の代謝に関連する遺伝子が"EMT"によって変化し、それが1つのキーになっているという先行研究もあります。
このように、EMTの発生メカニズムは、実際には1つの因子だけでなく、もっとたくさんの酵素や代謝物質が関わって"EMT"が発生していると考えられるのですが、それらを網羅的に調べている研究はまだ報告されていません。
私はこの全容を明らかにしたいと考えており、この先端生命科学研究所が力を入れる"メタボローム解析"という技術を用いて、研究を進めています。
"メタボローム解析"とはたんぱく質、糖、アミノ酸といった代謝物質が、どこにどれぐらい存在するのかを網羅的に解析する技術です。非常に精度の高い質量分析装置を使うので、従来の手法と比べて、測定できる物質の種類・数が多く、濃度なども正確です。多様な代謝物質や遺伝子の働きを正確に計測し、それらがどのように関連しているかを解析することで、従来の手法では難しかった現象の解明につながると期待されています。

私の研究では、がん細胞の代謝の変化と遺伝子の関連性を確かめるために、この解析技術を使用しています。
解析はまず、シャーレのような入れ物に培地という細胞を育てる場所を作り、その中で対象となるがん細胞を培養して増やすことからはじめます。その後、増やした細胞を、"EMT"を発生させるものとさせないものにわけ、解析用の機器でそれぞれの細胞中に含まれる代謝物質の種類や量を測定します。そうやって取得した測定データを解析し、代謝物質の違いや働きを明らかにしてゆく流れです。
データの測定にはだいたい1ヶ月~1ヶ月半かかるのですが、その後の解析は様々な角度で行なうので結構長い時間をかけています。
解析に使う質量分析計という機器は、一般的な研究所では1台しかないことが多いのですが、このTTCKには数十台単位であります。そもそも高価な機器なので、学生が気軽に扱える状態でないことが多いです。
TTCKでは、学生でもこの"メタボローム解析"に取り組みやすい環境が整っています。設備が充実していることはもちろん、扱い方を指導してもらえる体制もあり学生の研究を手厚くサポートしてくれているなと感じます。
また、先端生命科学研究所には質量分析計を開発された曽我朋義教授など、第一線で活躍されている研究者の方も多くいらっしゃいます。そういった方々の近くで研究ができるということは、すごく勉強になりますし、刺激を受けることが多いと思います。

やりたい研究のために自由にカリキュラムを選択

 私は同じSFCにある環境情報学部から政策・メディア研究科に進学しましたが、高校生の頃、慶應義塾大学教授でこの先端生命科学研究所の所長でもある冨田勝先生の講演を聴く機会があり、最先端のバイオロジーにとても興味を持ち、SFCへ進学したいと思うようになりました。バイオや医療に関わる学部を持つ大学は他にもたくさんあったのですが、色々なお話を聞く中で、SFCの学生を歓迎してくれる雰囲気、そして研究をメインに取り組める環境があるという点が、とても魅力的でした。
そして、環境情報学部に進学後、もともと興味を持っていた「病気のメカニズム解明に"メタボローム解析"を用いて研究ができないか?」という視点から、現在の研究に辿り着きました。

政策・メディア研究科は、研究テーマに沿った学びができるカリキュラムや、研究のために鶴岡に行きたいと思ったときに、気軽にいける仕組みがあることが大きな魅力です。
学部4年生からは、TTCKでの研究がメインになり、拠点を完全に鶴岡に移して、こちらで授業を履修しながら実習や実験を行ってきました。SFCに進むきっかけになった冨田先生の講演で「鶴岡市にある最先端の研究所」の話も聞いており、いつか自分もそんな環境で研究がしたいなと思っていたので、実際に、その場所で研究ができるようになったこともすごくうれしかったです。
学部時代から4年間『がんの代謝』に関する研究を続け、それがとても面白く、「これもやりたい」「あれもやりたい」と思うことがたくさんありました。研究が4年間で終わってしまうのがもったいなく、修士課程に進んでプラス2年間研究を頑張ろうと思い至ったため、修士課程への進学に際して迷いはありませんでした。
現在修士課程の1年目を終え、2年目にはいったところですが、学部時代よりもさらに知りたいことややりたいことが増えてきたと感じます。研究をやったらやった分だけ、結果が出たり、わからないことが増えたりするので、もっと研究してもっと知りたいという気持ちが強いです。

研究に没頭できるライフスタイル

 鶴岡に来て一番よかったなと感じるのは、研究に専念できるということです。
私は現在、TTCKに滞在する先端生命科学研究所関係者が入居する研修棟に住んでいるのですが、研究所に近い場所にあるので、とても行き来がしやすい環境にあります。
思い立ったらすぐに大学に行って、研究が終わったらすぐに帰る。自分の生活と研究がすごく一体化していると感じています。1日の中で研究する時間と普通の生活を送る時間がすごく密接していて、研究が生活の一部になっているような感じが、私にとってはすごくやりやすいと思っています。

TTCKでは人と人との関わりが濃密だというのも感じています。同じ場所に住んでいる人が多いので、食事をともにする機会も多く、参加したメンバー同士がとても仲良くなれたと思います。
指導してくださっている先生方は、週1の決まったミーティング以外でも、実験結果が出たときや、わからないことがあったときに、すぐ相談に乗ってくださいますし、学生同士は同じ寮に住んだり、同じ棟で実験・作業をしたりしている人がほとんどなので、ラボの内外で時間をともにすることが多いです。キャンパス内のウェルネスルームを利用して仮装ハロウィンパーティーを企画したり、歓送迎会や誕生日会、花見といったイベントをいろいろな節目で一緒に行なったりしています。

政策・メディア研究科というのは、自分からやりたいことを決めて、動いて行くと、サポートしてくれる人がたくさんいる環境だと思います。
私自身、がんの研究がやってみたいという思いはあったものの、最初は実験の方法すらわからない状態で入学しました。そこから研究所にいる先生や先輩に、自分から意見を求めて行ったことで研究を進められたと思っています。先輩に実験室の使い方や、実験の方法を一から教えてもらい、少しずつできることが増え、先生方からご提案やサポートをいただいて、ここまで来られたと思います。
最初は、自分から行動を起こすというのは大変に感じるかもしれませんが、色々な人が助けてくれる場所だからこそ、是非その人達に話しにいってほしいです。本人のやる気や努力次第で様々な経験をさせてもらえる研究科だと思うので、「まずやってみる」ということをおすすめします。

がん細胞を解析することで、新しい薬の開発にきっかけになれば

 これまでの"メタボローム解析"から、"EMT"によって代謝が変わるときにキーになる遺伝子の候補をいくつか見つけることができました。現在は、それらの遺伝子が実際にキーになっているのかを確かめるとともに、がん細胞の移動や抗がん剤への耐性獲得とどのような関連を持つのかを検証しようとしています。
また、将来的にはがんの悪性化を抑制するような治療法や治療薬の開発に貢献できたらという思いがあります。私の研究から直接薬をつくるのは難しいかもしれませんが、この研究がきっかけとなって、がん細胞の代謝というものが注目されたり、より発展した研究が出てきたりすることで、最終的に新しい薬の開発につながれば、とてもうれしいです。がん細胞の種類や病状は患者さんによってそれぞれ異なりますし、その人が置かれている環境や抱えている思いも様々です。治療薬の種類が増えることは、患者さんにとっては選択肢が増えることにつながります。自分の状況に応じて、様々な薬を選ぶことができる。そんな風に発展していったらいいなと思っています。

まずは、修士課程修了までに今やっている研究をまとめて対外的に発表したいと思っています。その上で私自身は、将来的にこの先端生命科学研究所で学んできたバイオ研究や実験の技術を活かして、医療や生命科学の発展に少しでも貢献でしたいと考えています。

あなたにとって、政策・メディア研究科とは?

政策・メディア研究科とは、やりたいことをサポートしてくれる環境だと思います。
自分自身これまで研究を進める中で、カリキュラムや先生、先輩、同期など様々な人や仕組みに支えられていると思うことが多くて、サポートしてくれる環境というのが自分にはしっくりくる気がしますね。

研究室紹介

先端生命科学研究会

キーワード:先端生命科学、システム生物学、バイオインフォマティクス、バイオテクノロジー、生命情報科学、遺伝子情報処理、メタボロミクス、分析化学 他

研究内容:拠点となる鶴岡タウンキャンパス(TTCK)は、山形県および庄内地域市町村との連携のもと、2001年4月に山形県鶴岡市に開設されました。
同じく2001年にTTCKに創設された先端生命科学研究所は、最先端のバイオテクノロジーを用いて、ゲノム、メタゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどの生物データを網羅的に解析し、大量のデータをコンピュータで分析・モデリング・シミュレーションして理解する研究を進めています。そして、それらビッグデータに基づく「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学のパイオニアとして世界中から注目されてきました。近年は、これら技術でバイオサイエンスにブレークスルーを産み出すとともに、医療・健康、環境、農林水産物や食品などの分野に応用して、数々のベンチャー会社も誕生しています。
TTCKでは湘南藤沢キャンパス(SFC)の学部生、大学院生が滞在し、重点的に生命科学を学ぶカリキュラムが実施されており、政策・メディア研究科の学生を対象とした通年の「先端生命科学プログラム」が開講されています。
SFCでは最先端のネットワーク環境の中で「バイオシミュレーション」や「ゲノム解析プログラミング」などコンピュータ実習科目が、TTCKでは「ゲノム工学実習」「プロテオーム解析実習」など、最新鋭のCE/MS、DNAシークエンサーやバイオリアクターを用いた実験実習が用意されています。

PAGE TOP