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キャンパスライフ

複合的な学問の力で世界の難題に挑む

複合的な学問の力で世界の難題に挑む

菅原 春菜 Haruna Sugahara
学部:総合政策学部4年
出身校:横浜英和女学院(神奈川県)※現 青山学院横浜英和高等学校

小学生で芽生えた国際協力への関心

国際協力に興味を持ったきっかけは、小学校で使っていたジャポニカ学習帳。裏表紙で紹介された開発途上国の生活が、ずっと印象に残っていました。また高校時代に読んだ小説がきっかけで、紛争処理や人権問題といったテーマも意識しはじめます。しかし国際協力には多様な形があり、当時はまだ将来の進路を絞り込むことができませんでした。そんなこともあって、やりたいことが変わっても対応できる学際的なSFCの環境に惹かれました。国際公務員への憧れもあったので、週4回も外国語の授業を入れられるカリキュラムも魅力でした。また交換留学の選択肢が多かったことも、SFCを選んだ理由の一つです。

やりたいことがわからないのは当たり前

大学に入って1~2年の頃は、周囲で「自分で何がやりたいのかわからない」という声をよく聞きました。やりたいことを明確に主張できるクラスメートに影響され、「自分も早く見つけなきゃ」と焦ってしまうこともあります。しかしそもそも私がSFCを選んだ動機のひとつは、「やりたいことがまだわからないから、何でもできそうな大学に行こう」というもの。まだ18歳なのに、生涯の研究テーマを絞り込むのは難しいことです。だから「まだ何をやりたいのかわからない」という気持ちをポジティブに捉え、焦らずに挑戦できるのもSFCの良いところだと感じています。

紛争後の教育が平和構築に果たす役割

国際政治や紛争処理を学ぶため、1年生の秋学期から廣瀬陽子研究会に所属しました。紛争後の社会における正義を考えるとき、人権意識を強化しながら平和を実現する方法として「紛争後の教育」の可能性に目が向きました。
紛争当事国への留学を模索し、学部生のうちに1年間冒険してみようという思いが強くなります。そこで官民協働の「トビタテ!留学JAPAN」の奨学金制度を利用して、3年次からセルビア共和国のベオグラード大学言語学部に留学し、セルビア語を学びながら、セルビア共和国歴史教員連盟という団体でインターンをしました。その前後には、のべ5カ月にわたって隣国のボスニア・ヘルツェゴヴィナでも現地調査とインターンを実施。子ども戦争博物館ではアーカイブ作成に携わり、日本の学生団体がボスニアを訪問した際には通訳兼コーディネーターも務めました。

足止め状態になったボスニアで学業を継続

SFCに復学して、3年次の春休みにボスニアを再訪しました。しかし新型コロナウイルスの影響で日本に帰国できなくなり、2020年春学期はボスニアからオンラインで授業を履修。SFCは全面オンライン授業になるという決断が迅速だったおかげで、休学せずに、外国から学業を継続できました。デジタルコミュニケーションに長けたSFCの強みを実感したできごとです。メディアセンター所有の資料にもアクセスできたので、パンデミック下のヨーロッパでも自分の研究を続けることができました。
セルビアやボスニア・ヘルツェゴヴィナでの調査をもとに「紛争後社会の移行期正義メカニズムにおける教育の役割」というテーマで研究をまとめました。

学際的だからこそオリジナルが生まれる

学際的なSFCの環境について、「広くて浅い」といった評価も耳にします。しかし他の大学や学部でどんなに深い専門知識を持った先生と出会っても、自分の論文に丸写しはできません。研究に必要なオリジナリティは、さまざまな学問の知見を引用しないと構築できないもの。私はSFCで途上国開発に関連する科目を幅広く学びましたが、芸術や哲学の授業からも大きなインスピレーションを得ました。研究内容とは無関係に思えても、興味のある授業を幅広く履修できるのがSFCの魅力。思わぬところで点と点が繋がり、自分の目標が明確化されていくのは学際的な環境の賜物です。引き出しがたくさんあって、どれも開け放題なのがSFCらしさ。自分なりの組み合わせから、オリジナルの研究を進める糸口がつかめます。

シーシュポスはもう1人じゃない

ベオグラードの大学で私自身の研究内容を問われ、「ボスニアの平和構築」と答えたら、先生に「シーシュポスのような試みだ」と評されたことがあります。ギリシャ神話に登場するシーシュポスは、山頂近くまで押し上げた岩が必ず谷底へ転げ落ちるという徒労のメタファー。ボスニアの平和も、あと少しというところで必ず頓挫してしまうという諦めが、現地の識者たちに滲んでいました。でも私は、そんなシーシュポスにも仲間がいれば、目標を達成できていたのではないかと考えています。紛争で傷ついた社会を政治学だけで立て直せなくても、経済学や教育学などと力を合わせればうまくいくかもしれません。色々な学びができるからこそ、かつてないインパクトを社会にもたらせる。そんな可能性が、SFCの魅力です。
卒業後は、イタリアのパドヴァ大学大学院で、「人権とマルチレベル・ガバナンス」という修士課程のコースに進学して研究を深め、将来は政策的な見地から、紛争後社会における平和構築の一助となりたいと考えています。

サラエボ。街中の建物に残る戦争時の銃跡。

サラエボ。街中のカフェの看板。「(ボスニア紛争が起こっていた)1992-1995年では足りなかったのか?」とEUへより手厚い紛争処理事業の実施を求めるメッセージ。

ベオグラード。コソボ紛争時、NATOのセルビア空爆で破壊された建物。「Ко сме, тај може, ко не зна за сртрах,тај иде напред.(思い切りある者は成し遂げる。恐れを知らない者は前に進む。)」という、バルカン戦争時に活躍したユーゴスラヴィア軍の将軍の言葉が、右寄りの姿勢を貫く今日のセルビアのスローガンとして引用されています。