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タブー視される「終わり」に光を当てる

タブー視される「終わり」に光を当てる

前田 陽汰 Hinata Maeda
学部:総合政策学部3年
出身校:島根県立隠岐島前高等学校(島根県)

離島から見た現代日本のリアル

東京で生まれ育ちましたが、高校3年間は島根県の隠岐で過ごしました。たまたまテレビの番組で島の高校を知り、大好きな魚釣りが年中できる生活に憧れました。
離島で生活しながら、日本の過疎地域が抱えるさまざまな問題を目の当たりにしました。人口が減りつつある集落に身を置きながら、このコミュニティをどうやって穏やかに閉じていけばいいのだろうかと考えるようになりました。 地域の活性化やまちおこしに取り組む大学はたくさんあります。その反面、活性化できない地域をどう縮退させていくかという課題はほとんど語られていません。2010年刊行の『撤退の農村計画』を読み、そのような活動に関わっている先生がSFCにいることを知りました。

地域活性化一辺倒への違和感

海士町は、地域活性化の先進事例と言われています。一方で、海士町内にも存続の危機に直面する集落もあります。新しい住民の流入は期待できず、自分の代で家や集落が終わる覚悟をしている人たち。国や県が「活性化こそ正義」と旗を振ることで、その正義に当てはまらない人や地域は罪悪感を抱えてしまいます。本当は活性化できない地域の方が多いはずなのに、そちらにはまったく光が当たっていません。
日本社会が共有している「終わりへのタブー」に違和感を覚え、その源泉を捉えたいという欲求が研究への原動力になりました。「終わり方」「畳み方」「閉じ方」といったネガティブな課題について、独自に研究できそうな数少ない場所がSFCでした。

オーラルヒストリーで数値にならない声を聴く

自治体の撤退や縮退の方法について、直接的に研究している人はSFCにもいませんでした。共通解がない問題だからこそ、その土地に根ざす生活者の語りこそ重要だと気づいていました。そこでSFCに合格してからは入学を待たずにオーラルヒストリーの方法論を用いた政治研究が専門の清水唯一朗先生と連絡を取り、1年生の春学期から研究会に所属しました。
オーラルヒストリーの目的は文字史料では明らかにできない事象を当事者の語りから理解していくことにあります。たとえば語り手の話に嘘が混じっていたとしても、嘘をつかなければならない社会背景に気づくことができます。人々の語りと文字史料を突き合わせながら整理していくのがオーラルヒストリーの研究プロセスです。
国や自治体が出す数値データには、一定の信頼感もあります。一方で地域の縮退を扱う時に「人口が〇〇人を下回ったから再生の見込みなし」などと、数値だけで線引きはできません。当事者たちが語るストーリーも、軽視されてはいけない情報なのです。

株式会社とNPO法人を設立して事業を展開

オーラルヒストリーの研究は時間がかかりますが、コミュニティの消滅は差し迫った問題でもあります。自分でも手を動かしたいという思いから、地域の縮退に伴走するNPO法人を設立しました。
地域を終わらせてはいけないという忌避感情は、死を隠し、死を非日常なものへと変化した時代背景に拠るものであるという仮説を持ちました。そこで2020年5月に株式会社むじょうを設立し、現代における死との出会い方をリデザインすることを目的とした事業をはじめました。葬儀に集まれない方向けの追悼サイト作成サービス「葬想式」や、一都三県を商圏とする自宅葬専門葬儀社「自宅葬のここ」などを展開しています。
誰もが直面する「死」との関係をリデザインすることで、コミュニティの縮退をはじめとする様々な「終わり」についても議論しやすくなるのではないかと期待しています。

自分らしく目標に向かえる柔軟な研究環境

研究と事業はどちらも重要で、時間がかかる活動でもあります。そこで休学をはさみながら、ゆっくり学部を卒業することにしました。4年で卒業するのが当たり前の大学なら、こんな発想は奇妙に映るでしょう。でもSFCでは、良い意味で誰もそんなことを気にしません。人の目を気にすることなく気軽に離脱できるのもSFCで研究を続ける利点です。
SFCの授業の特徴は、広く浅くさまざまな学問に触れられること。既存の学問分野に収まらない問題にもつながるアプローチの手がかりと出会えます。複数の専門分野に関心がある人は、研究会をひとつに絞る必要もありません。掛け持ちも自由ですし、そもそも研究会に所属していなくても先生方に相談すればサポートしてくれます。極めて多彩な分野に、ひとつのキャンパスでアクセスできるのがSFCの強みです。