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自然との共生をつなぐ、文化に乗せた「ものづくり」

自然との共生をつなぐ、文化に乗せた「ものづくり」

安宅 絢音 Ataka Ayane
学部:環境情報学部3年
出身校:渋谷教育学園渋谷高等学校(東京都)

建築家に憧れていた幼少期

小学生の頃の夢は、建築家になることでした。高校生になっても建築を学ぶことのできる工学系学部への大学進学を考えていましたが、建築には環境工学系や構造系、意匠系などの分野があることを知り、私がやりたいのは意匠系だと自覚しました。それまでは、周囲の国公立志望者と足を揃えて漠然と受験勉強に取り組んでいましたが、その頃からふと、意匠系建築だけでなく広義のデザインも扱っているSFCに惹かれるようになりました。
当時、私の中で広がっていた興味分野から学びたい分野を1つに絞ることへの葛藤もあったことから、やりたいことを幅広く学べる環境があるSFCにより魅力を感じるようになっていたため、ずいぶん迷いましたが、最終的にSFCの受験を決めました。

「もの」の力に気づく

1年生では、建築系の道を開くことに重点を置きつつ、プログラミングや防災、環境科学や社会科学などをはじめ、幅広い分野の授業を受けていました。その過程で、私がやりたかったことは、建築というより、環境や空間といった、より大きなものを指していることに気がつきました。なかでも環境に関しては、環境基本法のようにルールを敷く方法もあれば、行動改革を狙うサービス開発のように人の意識や行動に変革を促す方法もあり、どんなアプローチからでも接点を持たせることができます。さまざまな手段がある中で、環境に配慮した建築物は「実在するもの」としてその土地に根づき、長く影響を与える。こういったことを洞察するうちに、「もの」自体の本質や潜在的な役割、「もの」が持つ影響力に対する視野が広がっていきました。そして、建築も本質的には「もの」であることから、まずは「ものづくり」をしようと思ったのです。
そこで、XD研究会合同説明会で聞いた「環デザイン」や「デザインの民主化」といったコンセプトに惹かれ、田中浩也研究会に所属を決めました。

デジタルとアナログの間で生まれる「もの」

所属する田中浩也研究会では「デジタル・ファブリケーション(Fab)」を用いて、デジタルデータから「もの」を作り出す表現方法をデザイン工学の観点から研究しています。デジタル・ファブリケーションでは、おもに3Dプリンターを使って、デジタルデータを現実の「もの」に変換します。3Dプリンターはデジタルに見えてアナログな部分が多く、新しいものを作る際には、何度も素材や条件を調整します。
そのため、素材の選択や特性の理解が重要で、よくわからない素材はマテリアル・リサーチから始まります。素材からアプローチすることで、新しい発見やアイデアが生まれることもあります。たとえば、菌糸は断熱性や耐火性に優れた軽量な素材になるため、建築の断熱材として応用されています。また、バイオプラスチックは乾燥後に十分な柔らかさを得るように成分の配合を変えることで、予想していない形の造形手法にもなり得ます。このように、プロダクトに適した素材を探したり、逆に素材からプロダクトを考えたりと、振り子のように往復することで、デジタル・ファブリケーションの技術や表現力を高めることができるのです。

オランダ留学とミラノデザインウィークへの出展

国外にも視野を広げようと、留学も経験しました。環境に配慮した都市デザインの最先端をいくアムステルダムに留学して、都市計画やインフラのあり方をサステナビリティの視点で学び、今まで取り組んできたものづくりの分野が「サーキュラー(資源循環)」という概念と近しいことを知りました。これは、「サーキュラーをテーマに仕事をする」「社会に貢献する」ということについて考えるきっかけになりました。また、留学中に「ミラノデザインウィーク2023」のサーキュラー部門への出展が決まり、その経験から、たとえデザインは素晴らしくとも、既存の社会システムに組み込む視点がないと、なかなか持続させることができないのだと実感しました。とはいえ、持続可能性や環境への配慮が、デザインが提供すべき最大の価値だと思っているわけではありません。ものづくりにはどうしても廃棄物が発生するので、それならば、初めから環境に負荷をかけない素材や方法を探求するべきだと考えています。
私は現在、菌や微生物、土や貝殻、海藻など、生物由来の素材に強い関心を持っています。それは、自然が生み出した素材は人間が加工しても比較的早く自然に還るという特徴があるからです。私はこのような素材を使って、社会的、環境的、そして文化的にも循環するものをデザインの力で提案したいと思っています。

文化・環境を繋ぐデザイン

これまでの研究では、温暖化で北上が間に合わない珊瑚の産卵を補助するブロックや、海洋酸性化を抑制して水質を改善するパッケージ、葉脈をモチーフにしたプロダクトなどを制作してきました。今、このような「もの」を、「文化」と繋げるデザインの研究を試みています。たとえば、水質改善のための物質を海や川に流すとします。それをただ流すのではなく、灯篭流しのような水に流す文化・風習に関連づけた背景とともにデザインするということです。最近では灯篭にプラスチックが使われることもありますが、自然に還る素材と風習を組み合わせることで、自然に定着する方法を模索しています。文化に乗せる形で「もの」を接着することで、より文化は洗練されていき、「もの」もそれに合わせて進化していく。「もの」を介して、周囲の人、ひいては環境そのものが豊かになる方法があると信じています。 今まで研究で取り組んできたことを振り返れば、工学や生物学、都市やインフラ、デザインや文化など、スケールや分野が多岐にわたりました。このような幅広い学びができたのも、柔軟で学際的なSFCの環境のおかげだと思います。
4年生では、これまでの研究を生かし、海洋環境へ目を向けたいという思いから、東京近郊の海藻や砂、貝殻などを素材として使って、ものづくりを進める予定です。大学院進学も視野に入れながら、都市部に特化したテーマと、技術的なツール開発の両方から、卒業論文に向けて研究を進めていきます。