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2023.06.06

三年分の「若き血」|健康マネジメント研究科委員長 石田 浩之

前回に続いて,私の日記は野球の話.5月最後の週末,東京六大学野球早慶戦が神宮球場で開催された.新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが5類に変更されたことを受け,実に3シーズンぶりに応援席が復活した.観客動員も定員の100%が容認され,声を出しての応援も可能となったのである.私が初めて六大学野球早慶戦を観戦したのは昭和44年(1969年),幼稚舎に入学した年であった.その時から50年以上,ずっと見慣れて来たはずの応援席だが,無観客試合という異様な光景を経験したこともあって,塾生,塾員で埋め尽くされた3塁側応援席に深い感慨を覚えたのは私だけではないだろう.

大学スポーツの醍醐味はキャンパスで一緒に学ぶ身近な仲間を応援するという構図であると私は考える.実際,私も在学中,多くの友人を応援するため神宮に足を運んだ.同期にはドラフト指名を受け,巨人軍に入団した上田和明君(八幡浜高)がいた.上田君とは縁あって,その後も球団関連で一緒に仕事をすることになったのだが,今でも早慶戦の話をしたら止まらない.互いの立場は違えど,早慶戦が残してくれた貴重な財産だと感じている.残念ながら当時の慶應義塾は打線が振るわず苦しい試合が続いていたが,1985年に左腕の好投手志村亮君が入学し,大きく潮目が変わった.当時,志村君は義塾の貧打を逆手に取り,「1点でも取られたら負ける」という気概で毎回マウンドに上がっていたと聞くが,その結果が,いまでも破られていない六大学野球の最多連続完封勝利(5試合)と最多連続イニング無失点(53回)につながったようだ.志村君の気概に野手も奮起したのだろう,中沢伸一君(桐蔭学園)を中心に打線の援護もあって,同年秋季リーグ,慶應義塾は26季ぶりの優勝を遂げたのである.

ところで,慶應義塾は中期計画2022-2026において,V. 社会貢献 の1項目として,早慶戦をはじめとした伝統的交流試合の発展と価値の向上,そして,コロナ後の塾生アイデンティティの再興を明示的に掲げている.義塾ならではの発想と歓迎するが,裏を返せば,脈々と(ある意味デフォルトで)先輩たちから引き継がれて来たこれらの伝統がコロナ禍によって著しく分断されてしまったことへの危機感とも解釈できる.2021年6月,伊藤塾長が掲げた名言「(新型コロナウイルスから)キャンパスライフを奪還する」に呼応し,義塾は様々な準備をした上で学生たちをキャンパスに戻すことに成功したが,課外活動やその応援については,行政判断との連動も必要だったことからstep by stepで進めるしかなかった.一方,この間,良し悪しはさておき,リアルタイムやオンデマンドでのネット配信など様々な技術や仕組みが発展し,対面以外の方法で観戦や応援ができる環境が整ってしまった.新旧メディアのトランジションにより,リアルタイムの球場観戦を欲する学生が減ってしまうのではないかという危惧がある中,この春の早慶戦を迎えることになる.残念ながら,野球部の調子はなかなか上がらず,早慶戦は優勝争いとは無縁の戦いとなり,不安は募るばかり(ちなみに私は應援指導部の部長を拝命している).幸い,5月8日を境に通常通りの応援ができるようになったが,果たして,このような状況で塾生は神宮球場に来てくれるであろうか?計らずとも,この危機感は應援指導部の部員,そして早慶戦支援委員会の学生にも共有されていたようで,彼らは様々なアイディアを出し合い,塾生,塾員を神宮に呼び戻すための仕込みをしたと聞く.現4年生以下は入学と同時に新型コロナウイルスの影響を受けた世代であり,実体験としての早慶戦や応援席を経験していない中での活動は手探りであったと想像するが,その努力は見事に結実し,土日とも内外野の応援席はフルハウスとなった.一貫教育校の生徒から大学生・大学院生で占められた応援席には海外からの留学生の姿も数多く見られ,新しい時代の応援席を予感させるものであった.日曜日の試合は歴史的大勝をおさめたこともあり,新型コロナで抑制されていた3年分の「若き血」を一気に歌った気がする.試合終了後もほとんどの塾生・塾員は自然発生的に応援席に残り,肩を組みながら「丘の上」を歌う光景を目の当たりにし,50年以上見慣れたはずなのに涙腺が熱くなる思いであった.そして,この熱狂は第3回戦へと続くことになる.雨天順延を挟んで実施された翌週火曜日の試合にも,授業休講に連動して多くの塾生が神宮を訪れ,応援席は週末さながらの賑わいとなった.

娯楽自体の多様化やその楽しみ方の多様化,こういった先入観もあってネットネイティブ世代の感性については,私は少し偏った見方をしていたのかもしれない(反省).今回の早慶戦応援席でみた光景,すなわち,塾という絆の中で,フィールドでがんばる仲間を応援し,肩を組んで「若き血」や「丘の上」を歌う姿は,我々が上田君や志村君を応援していた時のdéjà-vuであり,今も昔も,学生が欲する情緒的なものは何ら変わっていないのだろう.むしろ,3年間のインターバルがあった分,現役生の方が,その欲求はより強いようにすら感じた.

少し意地悪い見方をすれば,今回の熱狂はコロナ明けのご祝儀相場という意見もあるかもしれない.これをご祝儀相場に終わらせないためにも,同時に,義塾の中期計画を着実に進めるためにも,真価が問われるのは秋季,そして来期の早慶戦である.野球部,ならびに,早慶戦準備にかかわる学生諸君のさらなる活躍を期待したい.


石田 浩之 健康マネジメント研究科委員長/教授 教員プロフィール