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2022.12.20

ネイチャーポジティブ|環境情報学部長 一ノ瀬 友博

12月7日から生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)がモントリオールで開催されていて、国際的な生物多様性保全目標が議論されている。ここで紹介するネイチャーポジティブという言葉は、この生物多様性保全において注目されてきているもので、生物多様性の損失をくい止めるだけではなく、さらにプラスの方向に転換させようというものである。既に人間活動によって膨大な自然を失ってきている。今あるものを守るだけでなく、自然を再生していかなければならないという考え方である。このネイチャーポジティブは経済界でも注目を集めている。世界経済フォーラムが2020年に発表した報告書では、世界の国内総生産の半分以上である約44兆ドルが自然の喪失によって潜在的に脅かされているとしており、ネイチャーポジティブ経済に移行することによって2030年までに約4億人の雇用の創出と年間最大10兆ドルのビジネスチャンスが見込めるとしている。

このような失った自然を取り戻そうという考え方は、特に新しいものではない。制度として様々な国に導入されているものとして、環境ミティゲーションが挙げられる。開発で失われる自然を開発対象地の内外で再生させるもので、いわゆる環境アセスメントの一環として行われる。数多くの国々で開発による自然破壊を軽減するための制度として運用されている。最低でも開発で失われる自然と同じ分だけの自然が再生されなければならないとされ、ノーネットロスの原則という。湿地を対象としてアメリカで取組が始まった。アメリカの一部の州には、失われる自然、あるいは再生される自然の単位を設定し、それをクレジットとして取引するミティゲーションバンキングという仕組みも存在する。環境分野では、二酸化炭素の排出権を取引するカーボンオフセットが世界的に導入されているが、ミティゲーションバンキングの方が先に実用化されていた。この手法を生物多様性オフセットとして世界的に導入しようというアイデアも、COP15では議論の俎上に載せられている。 ただし、二酸化炭素と異なり、生物多様性は生態系によってその性格が全く異なる。例えば、東南アジアで熱帯雨林を再生したので、同じ面積の日本の湿地を開発して良いかと聞かれれば、ほとんどの生態学者はNOと答えるだろう。ネイチャーポジティブについても、そのネイチャーをどのような尺度で測るのかという基本的なことが全く定まっていない。とはいえ、地球上の自然喪失が私たちの生活や経済活動に大きな影響を及ぼしているのは明らかで、まさにポジティブに転換させていかなければ私たちの未来はない。ここが知恵の出しどころである。

一ノ瀬 友博 環境情報学部長/教授 教員プロフィール