初めてニューヨークに行ったのは大学院生の時だった。初めての英語での学会発表をワシントンDCで終えた時、たまたま会場にいたSFCの卒業生2人が声を掛けてくれた。2人ともワシントンDCでインターンのようなことをしていたと記憶している。この後でニューヨークに行くのだと言うと、ここに行くと良いよと教えてもらったのが、ニューヨークのチャイナタウンにある小籠包の店だった。
竹の蒸籠に8個の大きな小籠包が入っている。レンゲからはみ出してしまう大きな包みから熱々のスープが飛び出してくる。ニューヨークに行って食事に迷ったときはいつも行くことにしている。
先月、ニューヨーク学院に7カ月ぶりに行く前、マンハッタンで在ニューヨーク総領事館を訪問し、旧知の総領事にニューヨーク学院をお願いしますと挨拶して来た。辞去した後、ふと昼食をどうしようと考え、また小籠包に行くかと思い立った。スマホで検索してみると、どうやら移転してしまったらしい。しかし、地下鉄1本で行けそうだ。1回だけ乗車できる切符を買うと3ドルもする。ちょうど1ドルが150円を超えたところだ。地下鉄に10分乗るだけで450円かと溜め息がでる。
店は移転してずいぶんときれいになっていた。青島ビール、小籠包、上海チャーハンを頼む。以前は小籠包の下に白菜が敷き詰めてあったが、今は紙になっている。味は落ちていないようだ。少し昼食には早い時間だったが、どんどん席が埋まっていく。
食べ過ぎかと思うくらいにお腹いっぱいになって会計を頼むと、18パーセントのサービス料込みで40ドル弱だった。一人で気軽なランチのつもりだったが、6000円である。東京で同じ値段の中華ランチなら気張ったコースでも食べられそうだ。円安のせいだけではない。1ドルが100円だったとしても4000円だ。インフレとはこういうものなのだと実感した。
ニューヨークの街にコロナの影はほとんど残っていない。チャイナタウンではマスクをしている人が多かった。飲食店では従業員が付けていることもあるが、それ以外ではほとんど見かけない。1年前にはたくさん見かけたPCRテストのブースもほとんどない。街には観光客が戻り、ミュージカルのチケットはほとんど売り切れだそうだ。米国のコロナの死者数はこの時点で109万人を超えていた。この2年半は何だったのだろう。
しかし、よく聞いてみると、オフィスはガラガラだそうだ。約4割の人がテレワークを実践しており、それはコロナ禍を経て従業員が獲得した権利だと考えているという。極端な例では、毎日オフィスに来ているのはCEOだけという会社もあるそうだ。
大学のキャンパスに学生は戻ってくるのだろうか。授業は教室で行われているが、教室内ではマスクを付けるように求める大学もあるという。
気になってニューヨークの代表的な大学であるコロンビア大学の授業料を検索してみた。なんと、授業料だけで6万5000ドルを超える。寮費などを含めると8万6000ドル近くになる。1ドル=150円とすると初年度は1290万円である。SFCの学生は学費が高いと文句を言う。確かに三田キャンパスの文系学部と比べれば高い。しかし、コロンビア大学の約10分の1でしかない。仮に1ドル=150円が100円に戻ったとしても、大きな金額差は残る。
米国の大学では奨学金が充実しており、満額を払う学生はそれほどいないとも言われるが、米国の大学の学費と比べたら、日本の大学全体が格安なのだ。国立大学は私立大学よりもさらに安い。こういう言い方は好きではないのだが、やはり日本はこの30年で取り残されていると言わざるを得ない。我々が成長しない間に、世界はどんどん成長している。
慶應義塾の国際担当として一つ良い点を見つけるとすれば、外国人留学生が格安の慶應義塾にもっと来てくれるかもしれないということだ。しかし、それも我々が十分に魅力的でなくてはならない。「安かろう、悪かろう」では選んでもらえない。米国並みに授業料を値上げしたら、慶應義塾は、日本の大学ははたしてどんなことになるだろう。「高いけど良いね」と言ってもらえる教育と研究を提供できるようにしなくてはならない。そんなことを考えながら、青島ビールで赤くなった顔でホテルまで歩いて帰った。