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2022.08.16

出張先での不測の事態|環境情報学部長補佐 大木 聖子

ケガ人の発生

研究室の学生たち10名ほどと出張していたときのこと。活動を終えて夕食の買い出しに出かけた学生の一人から、宿で休んでいた私に電話がかかってきた。「先生、緊急事態が起きました...」1、2秒の沈黙の間に、あらゆる緊急事態が脳裏を駆け巡る。

結論から言うと、学生1名が道端でつまずいて転倒し、腕を骨折した。間もなく日が暮れる時間帯に起きた出来事で、しかも、学生たちにとっては初めての土地、市街地まで少し距離のある海辺でのことである。私に電話をかけてくるまでの間に学生たちがどのような行動を取ったかを、出張中にケガをさせてしまった自省も込め、記しておこうと思う。(負傷者含め、出張した学生全員に原稿を確認してもらい、掲載の許可をもらった。)

先頭を歩いていた学生によると、大きな音がして振り返ったら、一人が倒れていたという。距離は様々であったが、出張に来た学生全員がその場にいた。頭部近くに大きな石があったため、まず頭を打っていないか見定めた。次に歩行可能かを聞き、片膝に外傷はあるものの、歩くことはできることを確認。一番痛がっていた腕については、指を動かすことができるかを尋ね、これが困難であったため骨折の可能性もあると判断して、腕を固定できるような棒と三角巾替わりのビニール袋を探しに行った。
他にも、膝の傷を洗うために自動販売機を探して水を購入に行った学生がおり、水を受け取って傷口を洗い、手持ちの絆創膏を集めて外傷を手当した学生がいた。みるみる腫れてきた腕には氷を当てた。もちろん都合よく氷があったわけではなく、近隣(と言っても走って探した距離)の住宅にお願いして分けてもらったという。
気分をたずねたり、「大丈夫、大丈夫。転ぶこともあるよね」と声を掛け続けたりした学生もいた。さらにこれらと同時進行で、この時間にも診察してくれる整形外科はないかを探し、当該病院に電話で状況を説明して診察の依頼をした。そして、冒頭で書いた電話が私にかかってきた、という流れだった。

転倒してから電話がかかってくるまで9分。つまり、上記のアクションを10名ほどの学生で手分けして完了するまで、9分だった。事態が起きて困って私に指示を仰いできたのではなく、初動としてすべきことの一つとして私に報告している。電話ではここまでの詳細は聞いていなかったが、「病院が決まったらまた連絡します」との声に、うちの学生たちなら大丈夫と確信し、私は私のすべきことに頭を切り替え、病院に向かう準備を始めた。

発災時の初動とけが人の見極め

医療や救急救命を専門にしていない学生たちが、見知らぬ土地で大怪我を負った友人に対して、10分足らずでこのような行動を取ったことは、現場に居合わせられなかった教員としてとても有り難かった。なぜそれができたのか。それは彼らが、小中学校や保育施設、あるいは大学で大地震が起きたら、教職員や児童生徒・大学生はどう行動すべきかを研究してきたからだろう。

過去の地震災害では、余震によるケガ人や過呼吸の児童生徒、腰が抜けてしばらく動けなくなった集団、避難経路での失神などが実際に発生している。そこで教職員向けに行う研修において、地震の発生時刻をあえて生徒が校舎内を移動している時間帯に設定し、実動訓練やシミュレーション訓練を行ってきた。階段での転倒やガラスの破損によるケガ、熱中症や過呼吸などの生徒を学生が演じ、教職員は、どのような対処行動を取るべきか、声掛けはどうあるべきか、停電する中で情報共有をいかに行うか、などを実際にやりながら試行錯誤して決めていく。

特に課題となったのは、保健室がけが人であふれる点だった。平時の基準で次々に保健室に搬送しては、よりケガの重い児童生徒への対処が遅れかねない。そこで、まずは「歩けるか/歩けないか」を基準に、普段の様子との違いを観察し、歩くことができないほどの負傷者がいれば優先的に情報共有して、搬送か待機かの判断をすることとした。この基準によって情報と人の動きが交通整理され、基準がなかったときよりはるかに速やかに情報共有がなされ、搬送に必要な人手が集められるようになった。

このような研究を進めていく中で、自分たちも担架での搬送をやってみよう、圧迫止血のためのビニール手袋を持ち歩こう、と研究会内でも知識とスキルが醸成されていった。

信頼関係の深化としての避難訓練

あの日、診断がついて少し落ち着いてから、あらためて何が起きたのかを学生たちに聞いてみると、みな自分の周辺のことを断片的にしか答えられない。「誰が氷を持ってきたんだろうね」「傷口洗うためにズボン破ったの誰?」といった具合である。つまり、誰かがリーダーとなって指揮を執り、個別に行動指示をして、皆がそれに従ったのではなく、それぞれがその場で、自分は今何をすべきかを考え、自律的に行動したということである。実際、多くの会話が飛び交っていたわけではなかった、今思えば以心伝心のような動きだった、と負傷者を含め複数人が言っていた。

中でも、「氷を持ってきたの、自分です」と照れながら名乗った学生が、続いて口にした言葉が印象深い。「あの場を離れて氷を取りに行っていいか一瞬迷ったんですけど、そこにいるの全員、信頼できる大木研のメンバーで。大丈夫だな、って思って走りました。」

この発言は、個々人に知識やスキルがあることだけではなく、そこに強固な信頼関係があったことを示している。その信頼関係が後押しして、自分の行動に各人が責任を持ちながら、最善を尽くすことができたのだろう。航空安全や医療安全の分野でも、テクニカルスキル以上に重要なこととしてチームワークや状況認識などのノンテクニカルスキルが指摘されている通り、不測の事態への対処能力をつけることは、信頼関係を深めることと相関している。

形骸化した訓練を少しだけ変えて、現実的に何が起きるかに向き合うことは、自分は今なにをすべきかを思考し、行動できるようになる人を育む。それだけではなく、信頼関係のある組織を築くことに繋がっている。避難訓練を「起きるか起きないかわからない低確率事象である発災時のためにわざわざ使っている時間」と捉えずに、「チームとして信頼感を高めるためのイベント」と捉えてはどうか。
志を共にする学生たちや教職員との取り組みが、災害に強い組織、すなわち、平時から信頼関係のある組織を生み出していくのではないかと、期待を膨らませている。

環境情報学部長補佐/環境情報学部准教授 大木 聖子 教員プロフィール