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2007.03.14

経済学の描く人間像を再検討する-行動経済学

SFCスピリッツ

経済学の描く人間像を再検討する-行動経済学

佐々木俊一郎さん
大阪大学社会経済研究所 特任研究員
2006年政策・メディア研究科後期博士課程修了

経済実験の様子
経済実験の様子
以下の問題を考えてみてください。あなたは、以下の問題で選択肢A・Bのどちらを選びますか?

問題1
「A. 今日から1年後に1万円受け取る」
「B. 今日から1年と1週間後に1万500円受け取る」

では、以下の問題で選択肢C・Dではどちらを選びますか?

問題2
「C. 今日1万円受け取る」
「D. 今日から1週間後に1万500円受け取る」

標準的な経済学では、人間の「選好」は、「時間を通して整合的である」と想定しています。つまり、人間は常に将来にわたる効用を最大化するように行動を計画し、それを実行に移す時点に到達したらその計画を粛々と実行する存在であると想定しています。上記の問題では、ある人が1年後のことについて聞いている問題1でBを選んでいたら、今日のことについて聞いている問題2でも必ずDを選ぶはずです。

しかし、皆さんの中には、1年先の話であればもう1週間に待って500円余分にもらった方がいいけれども、今日の話になれば、余分な500円はいらないからすぐに1万円を受け取りたいと考える人がいるかもしれません。実際、被験者を集めて実験を行ってみると、かなりの割合の人が問題1ではBを選び、問題 2ではCを選んでいることが確認されています。長期的には忍耐強いけれども、短期的には我慢ができないこのような行動パターンは、現在時点と将来時点での選好が一貫していないという意味で、時間非整合的であると言われます。

我々の普段の行動を考えてみると、このような時間非整合的な選択をすることも少なくないのではないでしょうか。夏休みの宿題をつい後回しにしてしまう、ダイエットを決意したが食べものを目の前にすると我慢ができずつい食べ過ぎてしまう、衝動買いをしてしまい毎月の貯蓄額の目標が達成できない、自分の支払能力を超えてクレジットカードを使いすぎてしまう等々。これらの行動は、目先の誘惑に惑わされて嫌なことは先送りしようとする人間特有のくせないしは性質に起因するものと言えるでしょう。

私が専門とする行動経済学は、標準的経済学では扱われてこなかった人間の意志決定における様々なバイアスを総合的に解明し、より現実に即した人間行動・経済現象の説明を行おうとする学問分野です。具体的には、心理学や行動科学、脳神経科学等の研究成果を新古典派経済学の分析枠組みに援用し、経済実験やアンケート調査を通じてデータを集めて実証的に分析を行います。私は現在、上記の「時間選好率」についての研究の他、潜在的リスクに対して人間がどのような態度で臨むのかという「危険回避度」、人間が逐次的な確率推論をどのように行っているかという「ベイジアン確率推論」についての実験研究等を行っています。行動経済学は、2002年にKahnemanとSmithがノーベル経済学賞を受賞してから大きな注目を集めていますが、まだまだ発展段階にある学問分野です。データを分析していく過程で、毎回様々な発見があり、他学問分野の知見も参考にしながらそれを一つ一つ解明していくことは、非常にエキサイティングな仕事です。

(掲載日:2007/03/14)