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2008.07.24

オリンピックへの思い|山下香枝子(看護医療学部長)

2008年8月8日から開催予定の北京オリンピックが目前に迫って来ている。

オリンピックは、“総合芸術”とも“科学の総合”とも言われ、開催される国のお国柄が反映されるようである。様々な競技を観戦することもさることながら、開会式・閉会式での演出を期待して待つのも、大きな楽しみの1つであると言えよう。しかし私は、これまで、開会式・閉会式はもとより、オリンピック競技をじっくりとテレビで見たことがない。ましてやオリンピック会場でリアルタイムに、直に、熱気や緊張感を感じながら観戦したこともない。

ただ、北欧、ノルウエーで開催されたリレハンメル冬季オリンピック(1994年2月12日〜2月27日)のメルヘンチックな開会式には、それまでのオリンピックのイメージを一新させるものを感じ、大きな感動を覚えた記憶がある。その時から、この、夢と希望、そして現実が混在するオリンピックという大きな舞台の中で、選手・関係者が、人間の持つ能力の限界にまで挑戦し、類まれなる表現力を磨きながら、栄光のゴールを目指して挑戦してゆく姿を通して、私のオリンピックへの関心は一段と高まってきている。

今回の北京オリンピックにおける最大の関心は、体操の冨田洋之(とみたひろゆき)選手の鉄棒の演技にある。人間の能力の限界を遥かに超えていると思える程に、一瞬一瞬に繰り出される、どこまでも美しく、しなやかで、それでいてパワフルでもある彼の演技を見ていると、“宙に舞いながら何を思い、瞬時に(自分の演技を)どのように判断し、思考のout putとして、それがどのように伝達されて筋肉の運動となり、観る人々を魅了させるのか?” と思わずにはいられない。そのため、あの滑らかな体操妙技を生み出す錐体路や錐体外路系の構造と機能を再度、紐解いてみたいと思う。これらに通じることとして、故小泉信三先生は易しくわかりやすい言葉で “練習ハ 不可能ヲ 可能ニス” という名言に残しておられる。

競技結果というものは、そこに至るまでの修練の蓄積のみならず、その時の体調や環境・社会状況など“運”としか言い様のない、様々なことに支配される。甲乙つけ難い演技の採点方法も、年々変化してきているという。「美しくないと、体操ではない」というのが、冨田洋之選手の信条であるという。その鍛錬の結晶ともいえる“美しさ”を堂々と表現できる冨田選手にエールを送りつつ、今年は、彼の華麗なる演技をテレビで観戦し、共に汗を流しながら、勝利の女神が微笑む瞬間を共有できたら……と思っている。

(掲載日:2008/07/24)

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