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2009.06.26

おかしらの死生学|山下香枝子(看護医療学部長)

今回のテーマは、看護教育を担当している私にとっては、身近な関心事の一つですが、「死生学」のとらえ方は、厳密には立場や状況によって異なっているようにおもいます。「死生学」の定義について、徳田学部長の2009年6月10日の「おかしら日記」 から借用しますと、「個人の死とその死生観についての学問。具体的には、自己の消滅としての死に向き合うことで、死までの生き方を考える学問」と定義されています。かつて「thanatology」を「死生学」と訳するか「死学」とするかが論議されたことがありますが、それは「死」をどの立場から見るかによって違いがあると考えます。

立場による違いは、死を経験する人自身が向き合う死、つまり「一人称(私)の死」であり、愛する人や親しい人を失った人が感じる死、つまり「二人称(あなた)の死」があり、そして、第三者の立場から冷静に見ることのできる死、つまり「三人称(彼・彼女、ヒト一般)の死」と、その違いが表現される場合もあります。

私たちは、「二人称の死」と「三人称の死」は、経験していたり、考えることはあっても、「一人称(私)の死」を厳密な意味で理解することは難しいと考えます。

今から40年以上も前のことですが、食道がんであった高見順氏が、日毎にやせ衰えていく自分の身体状況の変化を自覚しながら、死を意識し、死への抵抗感や恐れを抱き、そして苦悩しつつ、死に行く現実に向かっている、その過程が詩の数々に綴られ、「詩集 死の淵より」として出版されました。これこそ「一人称(私)の死」がつづられたものであると考えます。
当時、看護学生であった私は、それらの詩を読み強い衝撃を受けました。振り返ってみますと、これらの詩からの学びが私の「死生学」を考える原点になっているように思います。以下にそれらの詩の一部をご紹介しましょう。

<過去の空間>
手ですくった砂が 痩せ細った指のすきまから洩れるように
時間がざらざらと私からこぼれる 残り少ない大事な時間が
・・・・・・・・・・・(以下省略)・・・・・・・・・・

<帰る旅>
帰れるから 旅は楽しいのであり
旅の寂しさを楽しめるのも わが家にいつかは戻れるからである
・・・・・・・・・・・( 省略 )・・・・・・・・・・・

この旅は 自然に帰る旅である
帰るところのある旅だから 楽しくなくてはならないのだ
もうじき土に戻れるのだ
おみやげを買わなくていいか 埴輪や明器のような副葬品を

大地へ帰る死を悲しんではいけない
肉体とともに精神も わが家へ帰れるのである
ともすれば悲しみがちだった精神も おだやかに地下で眠るのである
ときにセミの幼虫に眠りを破られても
地上のそのはかない生命を思えば許せるのである

・・・・・・・・・・・(以下省略)・・・・・・・・・・

<死の扉>
いつ見てもしまっていた枝折戸が草ぼうぼうの中に開かれている
屍臭がする

<黒板>
・・・・・・・・・・・( 省略 )・・・・・・・・・・・
私の好きだった若い英語教師が
黒板消しでチョークの字を きれいに消して
リーダーを小脇に 午後の陽を肩さきに受けて じゃ諸君と教室を出て行った
ちょうどあのように 私も人生をさりたい
すべてをさっと消して じゃ諸君と言って

(引用:高見順、詩集 死の淵より、講談社、1965)

高見順の詩集を見る限り、自分の死に向き合っている人は、「死までの生き方:いかに生きるか」を考えるというよりも、「黒板消しでチョークの字を きれいに消して すべてをさっと消して じゃ諸君と言って ちょうどあのように 私も人生をさりたい」と述べられているように、むしろ「如何に人生を閉じるか」に強い関心をむけていると考えます。

今回の「お題」に向かう中で、「ケア」を任務にする看護者は、「二人称の死」、「三人称の死」を体験し・関心を寄せつつ、厳しい現実を正面から見つめている「第一人称の人が体験する死」を理解することが必要であると考えます。そのためには、「thanatology」を「死生学・死学」としてとらえ、死に向かっている人の言葉を傾聴し、その方々から学び・深めていくことの必要性を強く再認識しました。

(掲載日:2009/06/26)