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2012.05.17

「こだわりの品 ~作ってみてわかること~」|高野仁(SFC事務長)

お題が「こだわりの逸品」ということなので、逸品ではないが、私の趣味に関係する品物について紹介しようと思う。

趣味は何かというと「競技かるた」である。
「競技かるた」とは聞き慣れないかも知れないが、今現在、漫画週刊誌("BE LOVE"講談社)や、アニメ放送(日本テレビ)で話題になっている「ちはやふる」(作者:末次由紀)という作品でも取り上げられている競技で、この作品のおかげで、認知度がグッとアップした。
30年以上、この競技に携わって五段の腕前ではあるが、普及活動には苦労し続けてきた。それが、漫画とアニメの大きな影響力のおかげで、競技者の底辺拡大(普及)がここ1・2年で加速したと言ってよいだろう。
実は、このブームの火付け役となった週刊誌の編集者は、SFCの総合政策学部の卒業生である。

写真1
写真1(クリックで拡大)

「競技かるた」では、平安末期(鎌倉初期)の歌人藤原定家が撰したといわれる「小倉百人一首」の札を使う。私の場合、意図的にコレクションを集めたというよりは、競技をする立場でいろいろな札を集めていたら、自然にたまってしまったというのが実情である。
写真1を見てほしい。これはコレクションの一部であるが、小倉百人一首以外のいわゆる「いろはかるた」も数種ある。競技をする上で、百首の和歌を覚えるという少々高めのハードルがあるため、初心者に「かるた」の面白さを伝えるには、こちらから入るほうがよいかと思い、集めたものである。
中でも「セキュリティいろはがるた」は、環境情報学部の武田圭史教授が監修されたもので、ご本人からちょうだいした。セキュリティの考え方が遊びながらわかる教材でもある。
次に、小倉百人一首のかるた札の中で、あまり知られていないと思われるものをご紹介しよう。

  • 板がるた…取札が朴の木の板でできており、変体かなで下の句が書かれている。北海道と東北地方の一部で使用されている。下の句を読み上げてこの木札を取る「下の句かるた」に使用する。
  • 決まり字*1かるた…取札に決まり字が薄く印字されている。初心者への教育用。
  • 五色かるた…小学校の教育の現場で、子供たちに親しみやすく工夫されたかるた。20枚ずつ5色に色分けされていて、その20枚のセットで1試合できるので、短い時間でゲームが楽しめる。取札には濁点がついて読みやすく、裏には一首全部書いてあり、試合途中でも裏をみれば上の句が確認できる。

そのほか、私のコレクションの中には、通常の半分の大きさのかるたや、札に花札などのめくり札系の丈夫な加工を施したかるたなどもある。
(注)
*1「決まり字」…百人一首でその字の音まで聞けば、取札が確定できる字のこと。
(例)歌の始めの「む」という一音を聞けば「霧立ちのぼる秋の夕暮れ」の札を取ることができる。この場合の「む」を決まり字という。

続いて、写真2を見てほしい。「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに」の下の句の札(取札)である。

写真2
写真2(クリックで拡大)

3枚の取札の違いに、気がつかれただろうか。
一番右が、競技用のかるた札である。旧かなづかいで、濁点は記されない。真ん中が五色かるたの札で、読みに忠実に濁点が付されている。さて、一番左の札は、何故だか最後の文字だけに濁点が付されている。競技用の札は、全ての取札に濁点が記されることはなく、五色かるたは、濁って読む文字については全ての取札で濁点が記される。この一番左の札の取札では、濁点が付されているのは、百枚のうちこの一文字だけである。
おわかりだろうか?要するに製造者のミスである。印刷ミスのある切手などが、コレクター市場では高く取引されるというが、この札の場合はいかがなものであろうか。珍しい一品であることには違いないだろう。

そして、写真3を見ていただきたい。これが、今回のテーマである「こだわりの逸品」というにはおこがましい「こだわりの札」のである。

写真3
写真3(クリックで拡大)

これは、「愛国百人一首」の読札百枚と取札百枚のセットで、私の手製である。歌を印字した紙を一枚一枚厚紙にはり、裏から緑色の和紙をはり合わせて完成させた。
百人一首というのは、藤原定家撰のものが「小倉百人一首」と呼ばれるが、「異種百人一首」といわれるものも後世に多くの種類が撰されている。「源氏百人一首」ならば、源氏物語の和歌から撰されているものであるし、武人の和歌を集めた「武家百人一首」というものもある。
そんな異種百人一首の中に「愛国百人一首」というものがある。愛国百人一首は、昭和17年11月20日に当時の東京市内発行の各新聞紙上に発表されたものである。これに改訂を加えたものが「定本愛国百人一首」として昭和18年3月に発行された。日本文学報国会が、情報局、大政翼賛会の後援、毎日新聞社の協力のもとに発起し、選定委員11人、選定顧問15人を委嘱して選定されたものである。当時、戦時下において、小倉百人一首を用いた競技かるた愛好者は、非常時に恋の歌をもって遊戯するとは何事かということで、競技会を開催することもままならなくなっていた。そこで、この愛国百人一首のかるた札で、1回だけ全国競技大会が橿原神宮で行われたという。
この「定本愛国百人一首」の本をたまたま古書店で手にいれることができた。いろいろ調べてみるとなかなかに興味深い。初音の数こそ小倉百人一首の27音より4音ほど少ないが、「一字決まり」*2から「六字決まり」までの小倉百人一首に比べて、「七字決まり」や「十三字決まり」の札があるという点が異なる。このように決まり字の長い札が多いという特徴に、競技かるた選手として興味をもったのである。そして、興味にとどまらず、この札で一度競技をしてみたら面白いだろうと考えた。しかし、競技をしようにもなにぶん札がない。

(注)
*2「○字決まり」…上の句の初音の何字目で、下の句の特定の札が確定できるかということをあらわす。注1の「む」であれば「一字決まり」。写真2の「あさぼらけう」は、六字目まで聞かないと判別できないので「六字決まり」という。

古書店などにいけば現物を手に入れることができるかもしれないが、物資不足の当時、おそらく製品としては耐久性に問題があると思われ、年を経て劣化した現在、当時の札では競技には使えないだろうと考えた。また、札自体に希少価値があり、高額な販売価格ならば、到底手がでない可能性もある。それならば、自分で作ったほうが手っ取り早いのではないかと考えた。*3

(注)
*3…後に知ったのだが、復刻版という製品が販売されているそうである。神田のかるた専門店に行けば入手できたようだ。

そうして完成したのが、写真3の愛国百人一首のセットである。
自分で製作してみて感じたのは、歌を印字した紙を包み込むように裏にはる(表からは1ミリ程度の縁のようにみえる)和紙の糊付けの難しさである。
かるた札の場合、表の縁の部分も印刷されていて、プレスして厚紙にしてしまう製品もあるが、競技用をはじめ高級品は裏紙をはって仕上げる。これをはるのは職人の手作業である。糊で湿った紙が乾くときれいな反りがでるのだが、熟練の職人はこの反りが均質になる。一方、素人の糊付けはこの反りが均質にでない。もちろんというべきか、素人の私はというと反りがばらばらになってしまった。
自分で作ってみて気付いたことは、日頃、何気なく使っている札を作っている職人の技術の高さである。そして、札を使用している競技者は、この職人の技に、感謝と敬意をあらわさなければならないと感じた。
競技者が札を取る技は、札を作る職人さんの技に支えられているのである。

さて、この私の札製作には、オリジナリティは何もない。ただ、先人の手法を真似して作成しただけである。「こだわり」は何かというと、製品を買うのではなく自分で作ることという一点である。そして、作ってみてわかること、先人の手法をなぞることからわかることがあったわけである。「ものをつくる」というだけではない、かるたにおける札を取る技術も先人を模倣することから始まり、やがては自分の技術となり、新たな技術の創造につながっていくのである。
思いつきで作り始めた札であったが、作ってみてよかったと思っている。

最後に、学生・教職員で腕自慢の方、また、小倉百人一首に興味があって競技かるたをしてみたいという方は、ぜひ、私までご連絡願いたい。
お手合わせができれば幸いである。

(掲載日:2012/05/17)