編者対談

異分野横断・融合を誘う"場"としてのSFC

加茂 ありがとうございます。通りお話を伺って、「リアリティ」という概念については、「まあ、よし」と認めていただいたのではないかと、ちょっと安心しました。どうでしょう、もう少し補いたい方はいらっしゃいますか。いなければ、フロアには我々の同僚もいますが、何かご意見や質問のある方はいらっしゃいますか。

異分野横断・融合を誘う

牛山 こんにちは。環境情報学部の教員をしています牛山です。今、お話を聞いていて、人間に関する話題が二つ出てきましたが、僕自身は人間の科学、特に脳と運動の研究をしています。総合政策学のリアリティを考える上で、人間の科学を深掘りしたエッセンスが総合政策学の中に今以上に入っていくと、総合政策学がもっと発展するように感じました。つまり、人間の科学をやっている僕たちの研究が、総合政策学部の先生方にもっと影響を与えられるようにならなければと、純粋に思いました。

なぜかというと、我々人間の行動には、我々自身が意識していないものが多分にあるからです。言葉の研究のお話もありましたが、私たちの行動の中には私たち自身も無自覚で、言葉では説明できないものというのが実はたくさんある。そういう無意識レベルの人間の特性がもっと理解されたうえで政策などがつくられていくと、さらにバージョンアップするはずです。そのためには、人間の本質みたいなものを、僕らが先生方にもっとお届けできるといいなと思いました。

清水 SFCが素晴らしいと思うのは、学生が教員までをもコラボレーションさせてくれるところです。例えば「先生、それはもうちょっと人間の行動を見た方がいいから、牛山先生と一緒にやった方がいいんじゃないですか」と、学生が教えてくれることがあります。教員は研究室が分かれているのでなかなか一緒になれません。しかし、学生は自分の興味関心に沿って幅広く活動しているので、「先生の言っていることがあの先生と似ていました」とか「何か一緒にやったらいいんじゃないですか」と教えてくれる。そうして共同研究を始めたという事例も、自分も含めてよく起こっています。そういうのは、本当に幸せなところだと思いますね。

琴坂 おっしゃる通りで、経営の現場で起きている課題に対する答えのヒントを、環境情報学部の教員の仲間が、既に知っていたりするんですよね。各分野のエキスパートが全部いる。その教員と会話をすると、その分野の第一人者がどう考えているか分かる。逆に僕らからも、その第一人者にこういう風に未来をつくってほしいとリクエストすることもできます。

和田 教育に関して言うと、私は経済学をやっていて研究会を二つ持っているのですが、一つは方法論に近いことをやっています。よく、経済学部が三田にあるのにSFCでは何をやるのかと聞かれるのですが、SFCの学生でプログラミングのソースコードを作成するコーディングに強い学生は、大学院に進学するときや社会に出でるときに大きな強みになりますね。普通に経済学を学んでいる人はたくさんいますが、方法論を身に付けて、高いレベルでコーディングを含めて実装して分析できる学生はまずいません。でもSFCには例年2人ぐらいはそういった学生がいるんです。SFCに環境情報と総合政策があることで、他の経済学部にはないような学びの機会を学生に提供できているのは、本当に良いことだと思います。

琴坂 もう一つだけ言うと、SFCは世界最強のリベラルアーツカレッジ、プラス研究所だと私は思っています。例えば、アメリカでは学部に進学する際は、皆さんが知っているような有名な大学ではなく、いわゆるリベラルアーツカレッジに進学することも有力な選択肢だといわれています。こうしたトップレベルのリベラルアーツカレッジで教えられている内容とSFCを比較すると絶対にSFCの方がいいんです。絶対にいいし、かつSFCは教員が全員一線級の研究をしていて、対外発信をしています。

加茂 大変気持ちのいいコメントで(笑)。嬉しさと同時に学部長として責任も感じます。他に発言したい方はいらっしゃいますか。

社会に新たな視点を与える学問を目指して

社会に新たな視点を与える学問を目指して

井庭 総合政策学部で教員をしている井庭です。今回、5巻に当たる『総合政策学の方法論的展開』で1章を書いています。

リアリティという言葉が僕はすごく好きなのですが、この言葉に二つのニュアンスがあることが好きなんですね。一つは現実、本当に現実に起きていること。もう一つは現実味ということ。例えば、宇宙人が攻めてきて人類がどう戦うか。これは現実では起きていないことだけれど、映画で「アメリカ政府ってこういうことしそうだよな」とか、「子どもを持った親はこうしそうだよな」といったことがリアリティを持って感じられると、「現実味があるな、この映画」と思うわけです。こうしたことに興味があって、その二つが一つの言葉に込められていることに、面白さがあると思っています。

僕は環境情報学部出身で、今は総合政策学部で教えていますが、元々は映画監督になりたいと思っていました。大学の途中まで映像クリエイターを目指していて、そこから研究の道に入ったんです。僕自身のキャリアにもそういう二重性があるので、リアリティの二重性に惹かれるのかもしれません。
例えば、リアリティを学問が相手にするとき、実際に起きている問題は現場で起きていて、現場で活動している方がいる。その方たちへのリスペクトもあるし、すごいと思いますが、一方で先ほどの話にあったように、解決できないことや、発想が足りなかったり視点が足りなかったりすることもあるわけです。学問、あるいは表現の世界、アートの世界、映画や小説などのフィクションの世界などは、そこにまた違った視点をもたらしてくれるものだと思っています。

僕の本には、リアリティ・プラスというシリーズがあります。対談の本ですが、「リアリティ+○○」で、何かを足してちょっと違った視点で社会を見てみるといったシリーズで、「+○○」の部分が学問のある種の役割という認識でつくっています。ですので、よく学生から現実に起きている問題に対して「そこに入っていって自分で解決した方がいいじゃないですか」という意見を聞くことがありますが、それはもちろん一つの方法として重要だけれど、一歩引いて、ちょっと違った思想や理論から違った見方や解決方法などを提供するのが、実学的な学問だと思っています。

「リアリティ+○○」の○○の部分をSFCではたくさん開発していますし、どうしたらリアリティを変えられるような形になるかということに取り組んでいます。まさに、このシリーズのようなことが、今回のブックプロジェクトの4巻まではそれぞれの領域におけるものとして展開されています。そして5巻では、そのちょっとメタな方法や思想がどんな風に社会や人間に寄与していくのか、その○○をどうやって開発していくのかという話を取り上げています。この5巻でも座談会をしたらとても面白くて、早くこの本が世の中に出ないかと私自身も心待ちにしているので、ぜひ読んでいただければと思います。