執筆者・論考紹介
流動する世界秩序とグローバルガバナンス

中国の政策執行における政治動員――農村の基層ガバナンスの課題

言語文化とコミュニケーション

『普通話』の歴史と国家建設

鄭 浩瀾

鄭 浩瀾

総合政策学部 准教授

何を論じたのか

中国共産党による一党支配が続く中国では、公共政策はいかに執行されているのか。これまで、中央と地方との関係や官僚部門間の利益調整、利益集団の活動などの視点から考察したものが多いが、本稿では、中国共産党統治の特徴の一つである「政治動員」に注目し、中国の公共政策執行は日本と比べてどの部分が「異質」なのかを考察した。

政治動員は、中国共産党が中国革命および社会主義建設の歴史のなかで実践してきた統治手法であり、かつての毛沢東時代における公共政策執行の特徴でもあった。改革開放以降、中国における公共政策の執行は官僚を中心に行われるようになったが、政治動員の手法は完全に消えておらず、むしろ官僚を中心とする政策執行を補う形で一定の役割を果たし、そして近年、公共政策執行に大いに用いられるようになった。習近平政権のもとで実施された貧困脱却キャンペーンやゼロ・コロナ政策がその典型例である。

かつての毛沢東時代と比べて、政治動員はどの部分が変わり、どの部分が変わっていないのか。公共政策執行における政治動員の手法はいかに進化し、発展を遂げてきたのか。また、動員を用いることによって、農村社会の末端では、どのようなガバナンスの問題が生じているのか。こうした問題を考察することを通して、中国の公共政策執行およびガバナンスの「現場」を浮き彫りにした。

執筆者の研究紹介

近現代中国の社会を研究している。近代国家の建設が本格化する前の20世紀初頭の中国社会には、地縁や血縁関係を基盤とする家族・宗族・村落、擬似的な血縁関係に基づいた秘密結社、様々な信仰や文化をもつ多様なエスニック集団が存在した。こうした連帯は、歴史や地域の中で形成され、それぞれの地域社会の風俗や習慣、信仰を内包した土着的なものである。戦争や中国革命の歴史のなかで、これらの連帯の一部が破壊され、一部温存される形で国民国家の統治秩序に包摂されるようになった。これが20世紀の中国史にみられる大きな特徴であるといえる。

主な研究関心は、歴史のなかの英雄やエリートではなく、普通の人々である。農民や工場労働者、女性や子供などはもちろんのこと、社会の秩序から排除されたり、はみ出たりした人々にも関心がある。これらの人々は、どのような連帯関係のなかで生活し、どのような価値観をもっていたのか。かつての中国革命および1949年以降の社会主義建設の歴史のなかで、彼らの世界はどのように変容していたのか。そしてわれわれが使用している政治学や社会学の既存概念は、果たして彼らの世界に適用されるのか。こうした問題を研究することを通して、自分の経験や知識を超えた未知の世界を探究し、自分と異なった「他者」と出会い、そして自分が生きている「現在」を見つめる。ここに研究の面白さがあるのではないか。

中国江西省農村の風景(2004年頃、執筆者撮影)