執筆者・論考紹介
総合政策学の方法論的展開

中立性神話――臨床から教育現場へ

森 さち子

森 さち子

総合政策学部 教授/女子高等学校 校長

何を論じたのか

深層心理の分析あるいは人間関係の理解において、客観性、中立性は保持できるだろうか。この問いは、19世紀末にS.Freudによって創始された精神分析が、発展しながら現代に受け継がれる過程で活発に議論されてきました。その問いはまた、人間の「心」を理解する上で、「知」と「情」の対立を浮かび上がらせました。

まず最初に、こうした流れに着目し、とりわけ精神分析における知的洞察 対 情緒的洞察をめぐって、その議論の歴史を概観した上で、"中立性神話のゆくえ"について考察しました。次に、心理臨床家として経験を積み重ねてきた筆者が、自らの臨床体験に基づき、精神分析の最先端とも言われる間主観性の観点から、心の相互交流について検討していきました。間主観性とは、関係の中に、いつも自分の主観性を持ち込んでいること、そのことに気づいていることを重視します。そうした間主観的観点に基づいたアプローチが、クライアントとの臨床における関係においてだけでなく、学生・教員間の交流にも応用しうることについて論じました。その際、中立性とは、「分別」「謙虚さ」を含む感覚であること、そして絶えず自身にその自覚を促せるかどうかが鍵となることに言及しました。

執筆者の研究紹介

臨床心理、精神分析が専門領域です。これらの理論は、常に臨床への応用とそこからのフィードバックによって、常に生成されています。このように理論と臨床が対話しながら発展していくこの分野は、人の心が他者の心に関わることによって生起する現象を分析し、心に建設的な変化が生まれることを目指す臨床研究に根ざしています。とりわけ、現代精神分析において、関係性の重視、情緒的な交流の意義深さが注目される中で、人と人との相互交流における、発達促進的な要素に光があてられている今日、そこで得られた経験に基づく知見は、教育実践領域をはじめとする他の領域にも広く応用可能です。

こうした発達促進的交流は、本質的に関係性の新たな展開を生み出すものです。情動を中心とする相互交流プロセスにおいて、新しい主観性の展開、すなわち情緒的世界の拡大を可能にする、「間主観的な場を創るプロセス」をつぶさに捉えることに、今、最も大きな関心を抱いています。その研究に関わるものとして2冊の本を挙げたいと思います。