執筆者・論考紹介
言語文化とコミュニケーション

口承の物語に現れる人間と動物の関係を読み直す──南米アンデス高地のアイマラ語と北東アジアのアイヌ語の物語テクストから

総合政策学の方法論的展開

「よく生きる(ブエンビビール)」という理念を問い直す――先住民の言葉と視点から何を学ぶことができるか

藤田 護

藤田 護

環境情報学部 専任講師

何を論じたのか

私は、人々の見方や人々が生きる現実が分かってはじめて、効果のある社会的な取り組みや政策がデザインできるようになるのだと考えています。例えば人類学の、特に応用人類学と呼ばれる分野では、そのような考え方が蓄積されてきており、今回執筆した二つの論考の背景にもそのような考え方があります。

『言語文化とコミュニケーション』に寄せた「口承の物語に現れる人間と動物の関係を読み直す」という論考では、以前から私が少しずつ取り組んできた、先住民の言葉たちで語られて、記録された物語を、どのように読むことができるかという課題に挑戦しています。そこでは、口頭で語られた物語や歴史が、もう一つの社会についての知の体系なのだという考え方が下敷きにあり、そのような社会についての知とどのように対話すべきかという問題関心があります。そして、現代における他の多くの論考が、先住民と(動物を含めた)自然との親和性や相互浸透を強調する方向に向かう中で、そこにやや強く切断線を入れる方向に引っ張って読んでいます。

『総合政策学の方法論的展開』に寄せた「「よく生きる(ブエンビビール)」という理念を問い直す――先住民の言葉と視点から何を学ぶことができるか」という論考では、先住民の考え方を踏まえて提唱されているとされる理念が、必ずしも先住民の考え方に耳を傾けていない、という逆説(パラドックス)を扱っています。と同時に、ヨーロッパを中心として展開される開発研究(development studies)という学際的研究分野における、「開発とは何か」という問いに対して、ラテンアメリカから応答しようとするという、もう一つの裏モチーフももっています。

『総合政策学の方法論的展開』の座談会でも少し述べましたが、これまで研究「対象」とされてきた人たちとの、より対等かつ持続的な協働を通じて、人々の「声」に耳を傾け、「現実」を感じ取ろうとすることは、協働調査研究(collaborative research)や先住民的・土着的調査方法論(indigenous research methodology)などの名称とともに、質的調査において関心が高まりつつあり、これは従来の人類学という分野に収まらない動きになりつつあります。そして、グローバル・サウスからの声に耳を傾け、我々自身の研究のあり方自体を変革していこうとする脱植民地化(de-colonization)の取り組みは、ラテンアメリカに重要な源流をもっています。日本では定着しているとは言えない、そして「コスパ」も「タイパ」も決していいとは言えないこれらの取り組みに関心をもつ若い学生が、少しでも増えてくるといいなと思っています。

と同時に、この二つの論考ではいずれも、言葉を丁寧に勉強していないと、そしてそれぞれの言語の中で考えようとしていなければ、展開することができない議論の立て方をしています。外交であろうと、人類学であろうと、自分にとって「当たり前」ではない言葉を身につけ、苦労して人と関わろうとすることでしか築けない信頼や、言葉のわざや、新しい知の可能性があります。そのような苦労にやりがいを感じる若い学生が、今後もたとえ数は少なくとも、い続けてくれるといいなと思っています。

執筆者の研究紹介

ラテンアメリカの特にアンデス高地を中心とした地域研究や人類学の研究をしており、特定の家族との長期にわたる関係を築くことを通して、20世紀後半から顕著になる先住民の再台頭や複数民族国家を建設する試み、そして先住民の社会や言語がもつ複層的な歴史展開を見ようとしています。ボリビアの先住民知識人団体「アンデス・オーラルヒストリー工房(Taller de Historia Oral Andina)」とは20年に及ぶ協力関係にあります。並行して、アイヌ語を日常生活に取り戻す試みに協力したり、アイヌ語で語られる口承文芸の研究にも取り組んでいて、文字で書かれた文学と口承の文学の関係について考えています。慶應SFCでは、スペイン語・スペイン語圏研究室の共同コーディネーターも務めており、応用言語学に基づいたスペイン語教育の研究を同僚たちや大学院生たちと進めたりもしています。異なる知の体系が幾つもあるのだという考え方(スペイン語ではotros saberesと言います)に強く惹かれ、別の見方から世界が見えるようになりたいといつも思っています。