執筆者・論考紹介
社会イノベーションの方法と実践

ポスト工業化社会における公助と共助の変容

馬場 わかな

馬場 わかな

総合政策学部 専任講師

何を論じたのか

第二次大戦後、先進諸国では福祉国家が成立し、完全雇用の実現と社会保障の整備によって国民の生活安定が図られてきました。しかし、工業中心の社会から知識や情報、サービスが重要な役割を果たすポスト工業化社会へと産業構造が変化し、完全雇用と社会保障が揺らぎ始めた1970年代以降、「福祉国家の危機」が叫ばれるようになり、現在に至るまで、福祉の「拡大」を求める圧力と「縮減」を求める圧力から生じた綱引きのなかで再編が進められています。本章では、福祉の「拡大」へと向かう動きのひとつである貧困と「社会的排除」への取り組みで、「貧困や社会的排除と闘うためのヨーロッパ年」(2010年)にはベストプラクティスの例として紹介されたこともある、ドイツ連邦共和国の「胎児の生命保護のための連邦母子財団」を事例の対象としながら、福祉の生産・供給の組み合わせが変容する過程を解明し、社会課題への融合的アプローチについて歴史学的な手法から評価を試みました。社会イノベーションの達成には、過去の政策や取り組みを振り返り、評価する作業も不可欠だからです。

執筆者の研究紹介

時代が進むにつれて社会は人びとを幸せにする方向に自ずと発展していくものだと無邪気に信じていた高校生の頃、第一次大戦の敗戦により巨額の賠償金を課されたことなどが原因でハイパーインフレが生じ、それがナチズムの台頭へとつながっていったということを世界史の授業で学んだ私は、自分自身の歴史観があまりにも単純で楽観的だったことに大きな衝撃を受けるとともに、人びとに幸せも苦しみももたらしてきた近代という時代に関心を持ち、ドイツ近現代史・地域研究を大学で専攻することに決めました。近代における医学や疾病の歴史から始まり、現在は福祉の歴史、とりわけ家族の生活維持を図るための具体的な制度や政策、その背景にある社会思想やジェンダー秩序について研究しています。

「未来からの留学生」の学び舎であるSFCでは、歴史学はなじみのない学問分野かもしれません。しかし、すべてのモノ・コトに歴史はあります。長い時間幅を設定し、そのなかで生じた変化を明らかにする歴史学の視点は、現状分析のみでは的確に把握できない社会の諸相を照射することを可能にします。未来を構想・実現するには現在を把握しておく必要があり、現在を把握するには歴史を知っておく必要がある。そう思いながら研究に取り組んでいます。