MENU
SFCの革命者(アーカイブ)
2009.08.31

SFCから世界を元気に!

SFCの革命者

SFCから世界を元気に!


飯盛 義徳
総合政策学部准教授

「NPO鳳雛塾」や「東峰村元気プロジェクト」など、人材育成の視点から地域の活性化を考える飯盛義徳准教授。「まちづくりは、ひとづくり」と語る飯盛准教授に、地域、そして日本を活性化させる取り組みについて聞いた。

はじまりは「世直し隊」?

革命者最近になって母親から聞いて、へぇーっと思った事がありました。私は幼稚園に入る前から「世直し隊」という組織を作っていたらしいのです。近所の子供達を20人ほど集めて、幼稚園の近くの危ない所を調べて「ちゃんと修理してください」などと大人に言って回っていたそうです。今やっている地域活性化の活動のベースが、その当時から自分の中にあったのかもしれませんね。大学卒業後に務めた企業で2年ほど、企業で国際マーケティングに携わった時期があったのですが、そこでビジネスやマネジメントの事を、自分がいかに理解してないかを痛感させられました。もっと経営を勉強したいと考え、会社を退社して慶應義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)へ入学。修了後は郷里の佐賀へ戻り、家業である学校教材卸会社を手伝うことにしました。営業、配送、企画、経営など本当に色々な事を勉強だと思ってやっていましたね。7年間佐賀にいて、困ったこと、悔しかったことなどもたくさんありましたが、今は全てが良い思い出です。その経験が今やっている地域再生やまちづくりにとても役立っています。地方や中小企業の実情も肌で感じることができました。

鳳雛(未来の英雄)を育む

革命者佐賀に戻って1〜2年目の頃、県庁が主催する地域活性化提言の論文コンテストに応募して賞をいただいたことがありました。それからは県の政策関係の委員会などから声がかかるようになりました。今思うと、この頃から地域活性化の活動に本格的に取り組み始めたような気がします。地方都市には起業やさまざまな事業のための助成金やインキュベーション施設制度が用意されているのですが、当時はそれを活用するプレイヤーが今以上に少数でした。地域活性化のためには、やはり「ひとづくり」のための仕組みと、実践的なマネジメントを学び合えるコミュニティーが必要ではないかと考え、2000年、佐賀にアントルプレナー育成スクール「鳳雛(ほうすう)塾」を立ち上げました。これは、前述の提言論文の内容を実践にうつしたものです。鳳雛塾では単に経営学の理論を一方的に伝えるのではなく、徹底して自分で考えて解決策を導きだし、それを皆でディスカッションするというトレーニングをしました。地域の活性化には、そういう人材が最も大事だと私は考えています。今では面白い事をやりたいという熱い情熱を持った人達が多く集まるコミュニティーに成長し、そこから組織や人の繋がりもたくさん生まれてきています。鳳雛塾は佐賀だけでなく、富山や横浜、埼玉など全国各地に着実に広がっています。

元気村はこう創る

革命者2002年、慶應義塾大学のビジネススクールに戻り、博士課程で再び研究をはじめました。そして2005年にSFCへ。翌年、福岡県から東峰村という村のブロードバンドネットワークの状況についての調査研究の依頼がありました。東峰村は合併したばかりの村でブロードバンドがなく、始めはその整備のための研究調査が依頼の内容でした。しかし、色々と検討した結果、私達は整備だけではなくそれを活かしてまちづくりに繋げて行く方向性で進めた方が良いだろうと考え、情報技術を使ったまちづくりリーダーを育成し、村の魅力を発信する方法を探究するという「東峰村元気プロジェクト」を開始しました。地域振興のための土台を作るには、地域の資源を見出して、それを皆で共有して外部に発信するプロセスが大事です。私達はそれを「資源化のプロセス」と呼んでいます。そして、それをうまく機能させるためには中心となるリーダーがどうしても不可欠です。たとえ振興に役立つ資源が見出せても、地域の中で想いを共有し、うまく外部に発信するというフェーズが抜けると、活動が拡がっていかないのですよね。

革命者
会社と違って、地域では命令とか強制とか、お金を払うからやってくださいっていうのは出来ないわけです。だからこそ高度なマネジメント能力が必要です。その能力をもった人材をどう育成して、実践につなげていくかというのが肝なのです。東峰村の場合でも、多くの問題が複雑に絡み合っていたり、そう簡単には解決できない課題も色々ありましたが、有り難いことに解決に向けて旗を振ってくれるリーダーが生まれてきました。やはり、そういう人材を育てる事によって地域は変わっていくと思いましたね。また、地域を何とかしたいという強い思いを持った地元の方々に多数参加していただけたので、プロジェクトは非常に盛り上がりました。SFCの学生達も約1ヶ月のプロジェクト期間中、30名程が現地に入り活動しました。たとえば映像編集といった技術的な支援や、地元の人と違った視点で東峰村の資源を見つけてアドバイスしていくなど、とても活躍してくれましたね。最終的には村長さんから「奇跡が起きた」というお言葉までいただき大変感激しました。

「知行合一」を目指して

革命者私は、SFCの学生達は確実に、世界をリードするイノベータになってくれるだろうと期待しています。SFCには授業や課題にしっかり取り組みつつ、色々な実践的な活動を主体的に行っている学生が多いですし、実際に成果を出している人もたくさんいます。そういうキャンパスってそんなにないと思います。私の研究会のモットーは「知行合一」。分かっていても、行わなければ本当に知っていることにはならないという意味です。学生には、授業や研究会で勉強したことをプロジェクトや実践に活かして、行動に繋げていってくださいといつも言っています。問題解決のための理論と実践の融合によって相乗効果がもたらされます。それに応えてくれる学生がたくさん集まって、切磋琢磨しながら頑張ってくれているのが本当に嬉しいですね。私の授業はディスカッション型が多いのですが、授業時間が足りないくらい議論が盛り上がります。知的好奇心旺盛な学生が集まっているので、授業をやっていても楽しいです。今の社会の閉塞状況を救うのはSFCの学生達じゃないかなと思っています。日本だけでなく、世界中の色々な問題をうまく解決してくれるリーダーになってくれたらと本当に期待しています。

地域から日本を元気に

革命者私は地域独自のユニークな取り組みが各地で起こってきて、それが全国のお手本になっていくことで、日本全体が元気になるだろうと考えています。なかなか全国一括で変わることは難しいですからね。だから、そのような取り組みを起こす仕組み作りをしたいと思っています。一つは「ひとづくり」です。地域の取り組みを全国に広げていくためには、単に成功した活動だけをコピーして別の地域で出来るかといったら難しいですよね。地域ごとでコーディネータが必要です。さらに、色々な大学の学生とも連携していきたいですね。大学が関わってできる地域の再生活動やまちづくりはたくさんあると思うんです。こんなにも若くて行動力がある人達が集積している拠点って大学以外にないですよね。地域にとっては財産であり、貴重な資源です。そういう学生達の思いや視点を、地域の中にうまく取り入れて地域が元気になっていく。それが全国に広まって、みんなで協働しながら地域から日本が元気になっていく。私はその流れを作り出すお手伝いができればいいなと思っています。

飯盛 義徳(イサガイ ヨシノリ)
ISAGAI,Yoshinori

佐賀県生まれ。慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了。博士(経営学)。1987年、松下電器産業株式会社入社。富士通株式会社出向などを経て、1992年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程入学。1994年、同研究科修了後、飯盛教材株式会社入社。1997年、常務取締役。1999年、アントルプレナー育成スクールNPO法人鳳雛塾を設立。2001年、有限会社EtherGuy設立、代表取締役。2002年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程入学。2005年、慶應義塾大学環境情報学部専任講師就任。2008年から現職。専門は、経営情報システム、地域情報化、まちづくりなど。総務省・過疎問題懇談会委員、総務省・地域情報化アドバイザー、総務省・地域力創造有識者会議委員なども務める。主な著書:『「元気村」はこう創る-実践・地域情報化戦略』日本経済新聞出版社、『ケース・ブックⅣ 社会イノベータ』慶應義塾大学出版会ほか。

→教員ページ
→飯盛義徳研究室
→取材・コンタクト

(掲載日:2009/08/31)

→アーカイブ