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SFCの革命者(アーカイブ)
2012.02.15

当事者のまなざしから創る医療

SFCの革命者

当事者のまなざしから創る医療


小松浩子
看護医療学部教授

尿失禁のケア、ガン患者の看護などを通じて患者が声に出して言えない「本音」に接し、患者が本当に求めている医療について研究を続けてきた小松浩子教授。2010年に慶應義塾大学へ移籍する以前を含め、同教授が取り組んできた活動について、話を聞いた。


   

患者が患者をサポートする新しい医療

 

SFCの革命者:小松浩子教授私はこれまで、ガン患者の看護にずっと取り組んできたのですが、現在は乳ガン患者を対象とした、患者が患者をサポートする「ピアサポート」の研究に力を入れています。ガン細胞というのは、どこかで身をひそめていて、徐々に自分の陣地を広げていく特異的な性質をもっています。乳ガンに関しても、手術で腫瘍を取り除いた段階で、すでにガン細胞が体内のどこかへ飛散した可能性が残っています。そのため、手術後も飛散したガン細胞が力をつけないように5~10年に及ぶ治療が必要になります。具体的には、乳ガンのようにホルモンの感受性の強い場合、ホルモンを抑えるような治療を行います。すると、若い患者でも更年期障害のような症状に悩まされ、さらにガン再発への不安とも戦いながら生活しているため、一見、元気そうに見えても精神状態は非常に不安定になっています。このとき、患者は誰かに相談したくとも、元気な人では気持ちを十分に理解してくれません。そこで、同じ病気で同じような悩みを経験したピアサポーターから経験談や教訓、知恵などを聞ける場が必要になります。このようなシステム作りが現在、医療の現場で大きな課題になっています。

 

サポーター育成プログラム

 

SFCの革命者:小松浩子教授私は03年から乳ガン患者のためのサポートプログラムや、グループで話し合える場も提供しているのですが、このようなサポートにどのような効果があるか、世界でも研究が進んでいます。例えば80年代に、実際にそういうグループに参加した人としなかった人を比べる研究が行われたのですが、参加者の方が精神的な不安が軽減され、生存率を高めるためにも非常に効果があったとレポートされています。ただし、この効果を高めるためには、グループ内でのコミュニケーションを上手にリードするファシリテーターが必要になります。このファシリテーターは通常、医療者や医療に関する専門職の人間が務めることが多いのですが、私は必ずしもそれがベストだと思っていません。先輩患者であるピアサポーターが伴走者のような立場をとり、グループ内でも個人的にでもサポートすることで効果を高めることができるのではないかと思っています。しかし、その立場になる人は医療者の一員になるのですから、責任が伴います。役に立ちたいという自分の思いだけでは務まりません。そこで、私は前任校である聖路加看護大学時代に「SMILES」という自己学習プログラムを開発しました。SFCの革命者:小松浩子教授

SMILESは、聖路加看護大学の「聖路加スマイルコミュニティ」のボランティアに応募いただいた方を対象にした、学習プログラムです。目的はボランティア(ピアサポーター)としての基本的な知識・態度・役割、コミュニケーション技術や治療に関する基礎知識などを学び、同じ病気を経験している人の気持ちやニーズを受け止め、互いに知恵や勇気を分かち合えるような支援が行えるよう、準備することです。内容はeラーニングで1日30分程度を2~3週間ほどで学べる形になっており、その後、実際の場でどのようにサポートできるか、ロールプレイングで学んでいきます。やはり、実際の現場では、過剰なストレスにより攻撃的になってしまう患者さんもいます。ときには「あなたに言っても分からないわよ」などと言われ、傷つくこともあります。そういうネガティブな感情をぶつけられたときなどにどうするか、キチンと学習してもらう必要があるわけです。学生にはボランティアとして参加してもらっていますが、クリスマスには歌を歌い、患者に喜ばれたりしています。そして、現在は慶應義塾大学の大学院生にも手伝ってもらっており、大学の枠を超えて一緒に活動しています。

   

医療者にはできない部分を埋めていく

 

SFCの革命者:小松浩子教授現在、コミュニティには約2,500名の参加者がおり、グループの会を月に1回程度開いています。さまざまな悩みを抱えた人たちが集まるのですが、多くの人が乳ガンになったことを受け止めきれずにいます。例えば、自分がなぜガンになったのか問い詰め、精神的に行き詰まって鬱状態になってしまったりとか。そして、誰にも会いたくないという気持ちになりつつも、ようやくこのような会になら参加してもいいというくらいに回復したという方もいます。会では、そのような場合でも安易な慰めは言いません。乗り越えるのは自分自身なので、自分も乗り越えるのが大変だったというような話をされています。このようなことは、決して医療者にはできません。しかし、医療者ができないことをどうやって埋めていくか、システム化することが重要だと思っています。その意味では保険点数でキチンと評価する必要があるかもしれません。保険は国民が払っているわけですから、国民(患者)が本当に必要としている医療は何なのかを考え、そこにお金を出すことも必要だと思うのです。そのためにも、このようなサポートがどのような効果を発揮するか、しっかり研究して公表していきたいと思っています。

 

遺伝子検査の必要性を訴求して

 

SFCの革命者:小松浩子教授ピアサポート以外に、私が力を入れている研究テーマに「遺伝性の乳ガン・卵巣ガン」というものがあります。遺伝性のガンといえば大腸ガンが有名ですが、乳ガンや卵巣ガンも特定の遺伝子が大きく関わっていることが分かっています。両親のいずれかからこの遺伝子を引き継いだ場合、ガン発症率が高くなるわけですが、とくに若年性の乳ガンや卵巣ガンは、遺伝性の可能性が高いと言われています。そのため、遺伝子検査をして早めにリスクを知り、その予防を心がける必要があるのですが、検査で遺伝子に変異があると分かった場合、本人だけでなく家族全体の問題となり、家族自体のサポートが必要になります。また、私たちもそのための部門を5年ほど前から作ったのですが、医師が上手に伝えることができなかったり、患者が遺伝子という言葉に過剰反応してしまい、なかなか利用されないという問題を抱えています。そこで、私は遺伝子検査の必要性を理解してもらうためにどうすればよいか、恐怖心などを乗り越えるために何が必要かといったことを調査し、新しい医療のためのシステムとして提案できるよう、研究を進めています。

   

出会いを求めて慶應義塾大学へ

 

SFCの革命者:小松浩子教授私は以前、尿失禁という排泄時の漏れのケアを行っていました。そのなかで、女性患者の医療者には言えない声というものを、たくさん聞いてきました。また、ピープルセンタードケア(市民主導型の健康生成)という研究を通して、当事者のことをより尊重した形で医療が行われる必要性を訴える活動をしてきました。これらの経験が私のベースとなっており、これまでずっと当事者である患者にとって本当に満足のいく医療とは何か、どのような医療システムが必要とされているのかを考えて研究を続けてきました。しかし、このような学術的な研究をすればするほど、前任校のような医療の単科大学ではなく、医学部以外の学部ももつ総合大学で研究する必要性を強く感じるようになっていきました。そこで2010年、私は慶應義塾大学へ移ってきたわけです。やはり、医療というものは情報が非常に大切です。その意味で、現在私が行っている研究をより強く社会へ広げていくためには、専門家の集団として学際的に組める状況が必要であり、慶應義塾大学は最高の環境だと思います。これは学生についても同じで、ぜひこの活動に参加して、一緒にある問題を解決するという取り組みを経験してほしいと思っています。

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(掲載日:2012/02/15)

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