MENU
SFCの革命者(アーカイブ)
2010.06.16

コンピュータと共に創り出す 新しい建築と都市のカタチ。

SFCの革命者

コンピュータと共に創り出す 新しい建築と都市のカタチ。


池田 靖史
政策・メディア研究科教授

建築デザインにおいて、コンピュータは単なる道具ではなくデザインの可能性を広げるとともに、新たな気づきを与えてくれる存在に成り得ると考える池田靖史教授。コンピュータと共に創り上げる建築デザインの可能性について話を聞いた。

建築学のすすめ

革命者私は高校から大学まで部活でずっとバスケットボールをやっていたので、デザイン系というよりもどちらかというと体育会系の人間でした。ただ、小さい頃から絵を描くのは好きでしたね。当時開催されていた大阪万博の環境未来志向に小学生の私はものすごく衝撃を受けたので、特に空想の街の絵なんかを描くのが好きでした。大学の建築学科に行こうと思ったのは高校の美術の先生の薦めからでした。進路を決めかねている時に、「そういうのが好きなんだったら建築学科がエンジニアとして都市環境や建築を学ぶのに一番良い場所だと思う」ということをアドバイスしてくれたんです。人生の出会いって本当に不思議なんですが、その日にたまたま図書館に行ったらフランク・ロイド・ライトとミノル・ヤマサキ(ワールドトレードセンターを建築した日本人建築家)の作品集に出会ったんです。それを借りて読んでいるうちにいつのまにか「これが自分の道だ!」と思うようになって、大学受験する時にははっきりと建築学科を目指すまでになっていました。

都市から建築を考える

革命者大学に入学した私は、当時すでに建築界のスターだった槇文彦教授の元でどうしても学びたいと研究室に入り、そのまま大学院、槙事務所への入所と約9年間勉強させて頂きました。槙教授は私のこの分野の師匠であり恩師となりました。大学に入学した時はやはり建築物を設計できるようになるというのが目標だったんですが、研究室では個別の建築よりも都市空間のことを研究していました。それはなぜかというと、槇研究室では個別の建築物とそれらが集まって形作る都市空間の間には境界線はなく、建築という領域を閉じないで広く考えようと提唱していたからです。誰かが作った建築を一生懸命勉強するよりも、誰がつくるともなく出来てしまう、社会の中でいつの間にか出来てしまうような「街の仕組み」から学ぶことの方が多いんじゃないのだろうかと。学部の卒業研究では、現在再開発の進んでいる東京の汐留地区の開発案について自分なりのプランを考えました。さらに、大学院時代には町の風景を撮影してパソコンに取り込み、その風景の中に潜んでいるルールや法則を分析する研究などを行っていました。

コンピュータと建築の出会い

革命者大学院2年の時に槇教授の幕張メッセのコンペの手伝いをさせてもらいました。槇教授のチームの提案する幕張メッセの建築は膨大数のトラス(骨組み)が使われていて、手描きで図面を描くのはかなり大変だったんです。私はそのトラスをコンピュータを使って描くことが出来ないかと考えました。当時は今のようにパソコン用のCAD(コンピュータ援用設計システム)がほとんど無かったので、自分でプログラミングを組んで描き出しました。この仕事が、コンピュータの力を借りて設計すると建築で何が出来るのかということを考え始めるきっかけになりました。これは現在でも私の研究の柱の一つである「アルゴリズミックデザイン」にも繋がっています。人間だけでなくコンピュータの力もうまく使っているんです。今まで図面をベースに設計すると考えられていたものを、図面ではなくてコンピュータをプラットフォームにして設計をすると何が出来るのかということを研究しています。

コンピュータから気付きをもらう

革命者海外ではアルゴリズミックデザインよりもパラメトリックデザインという呼び名の方が一般的です。それでも私がアルゴリズミックデザインという言葉を使っているのには、そこに込めようとしている思いがあるんです。パラメトリックデザインではコンピュータを人間の道具として使っているにすぎないというところがあるんですが、私たちは単なる道具ということではなくてコンピュータにも半分考えさせよう、そしてコンピュータは考えることによって人間に気付きを与えるような新しい可能性を見いだす存在であるべきだと考えています。すでに我々が持っている感覚をコンピュータの中でシミュレーションできるようになれば、逆用して色々なことができるようになります。コンピュータが色々なことをシミュレーションして導き出した可能性が、私たちの「形を作る」感覚を変えてくれると思っています。また、コンピュータであれば既成の概念に縛られない発想を導きだすことができると考えています。なぜかというと、人間が同じことをしようとすると実は問題の解決方法の選択肢の幅をかなり限定してしまうんじゃないかと思っているんです。

革命者
例えば窓を並べようとした時に、色々な形の窓があるというところからは誰も発想しないで、あらかじめある範囲の中で考えるわけですね。人間には描き出せないような複雑な設計図でもコンピュータはシミュレーションしてくれます。コンピュータが、現実に作れるかどうかということと、新しいアイデアの橋渡しをしてくれるわけです。いずれにしても人間だけでは出来なかったことがコンピュータのプログラミングを使うと技術的に可能になる。我々は、やりたいことをどうやったらテクノロジーが実現してくれるのかという考えだけではなくて、テクノロジーが変化してできることの中から我々が学びどんなデザインを次に考えたらいいのだろうかということの方に目を向けたいと思います。

SFCで広がる新たな可能性

革命者SFCに来るまでは建築の実践でコンピュータを使ってきたわけですが、SFCでは逆に実践から離れたところでのコンピュータと建築や都市空間の結びつきを考えるようになりました。この10数年の間、コンピュータやネットワークによって大きく変わった社会の仕組みに比べて、残念ながら環境のデザインは爆発的には変化できませんでした。バーチャルな空間の進化に対抗してリアルな手法に重心を置いたというところもあるのは、コンピュータが思考を拡張してくれる一方で、だからそれで何が出来るのかというところが曖昧だったからだと思います。しかし今後「デジタル・ファブリケーション」と呼ばれるコンピュータ制御を活用した生産技術とアルゴリズミック手法が結びつくと、大量生産とエネルギー消費を前提に成立していた20世紀の建築や都市から、情報技術が創りだす新たな豊かさをデザインできるのではないかと期待しています。

革命者SFCには色々な考えの方々がいてすごく刺激を受けています。建築家としての実作をつくる仕事と、研究や教育をする視点とを行き来をするようになって、こうしたことが考えられるようになったという気がしますね。SFCは最先端の技術が学べ、一方で実物、実作、実社会と連携することもできる。そこが矛盾しないで新たな可能性を求められるというところこそがSFCらしいのだと思いますし、我々の研究室もそこを求めていきたいと思っています。

池田 靖史(イケダ ヤスシ)
IKEDA, Yasushi

1985年、東京大学工学部建築学科卒業後、同大学工学系大学院修士課程修了。博士(工学)。1987年、株式会社槇総合計画事務所入所。1995年、同事務所退所、株式会社池田靖史建築計画事務所設立(2003年、株式会社IKDSに改称)。慶應義塾大学総合政策学部準専任助教授等を経て、1999年、同大学環境情報学部助教授に就任。2008年より現職。専門分野は建築・都市設計。主な作品:慶應義塾大学SFCマルチメディア会議室(1999)、慶應義塾大学SFCデザインスタジオ棟(2000)、慶應義塾先端生命科学研究所(2001)、慶應義塾普通部新本館(2001)、コーポラティブハウス代沢+(2005)、泉州浜江半島集合住宅群計画(2005)、酒田市公益研修センター多目的ホール(2006)、台北中央駅再開発空港高速線駅舎設計(2006)ほか。主な著作:ヴィジュアル版建築入門5「建築の言語」彰国社(共著)ほか。

→教員ページ
→Ikeda-Lab
→IKDS
→取材・コンタクト

(掲載日:2010/06/16)

→アーカイブ