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SFCの革命者(アーカイブ)
2012.01.13

異言語・異文化コミュニケーションから生まれる関係性構築と関係性のサステナビィリティ

SFCの革命者

異言語・異文化コミュニケーションから生まれる関係性構築と関係性のサステナビィリティ


長谷部 葉子
環境情報学部准教授

「教育」を発信型コミュニケーションの魅力的な「場」としてとらえ、日本で、アメリカで、コンゴで、幼稚園から大学までと、さまざまな「場」で異言語・異文化コミュニケーションプロジェクトを展開してきた、長谷部葉子准教授。研究会では、ニューヨーク姉妹都市プロジェクト、ヤングアメリカンズ表現教育プロジェクト、コンゴ民主共和国小学校プロジェクト、口永良部島活性化プロジェクトの4つのプロジェクトに取り組んでいる。今回は、(大きなターニングポイントを迎えた)コンゴプロジェクトを中心に話を聞いた。


長年の夢だった学校作り


SFCの革命者:長谷部葉子准教授現在、ターニングポイントを迎えたという意味で、私が最も力を入れているのは、アフリカのコンゴで小学校を作り、運営するプロジェクトです。これは、校舎などの建築、カリキュラムや教材の作成、ティーチャーズトレーニングといったハードとソフトの両面に、ゼロから取り組んでいこうというものです。発起人は、SFCで非常勤講師として英語を教えられているコンゴ人のサイモン・べデロ先生です。先生の奥様は日本人で、ご子息も日本の学校に通われていることもあり、日本に精通されている方です。自国コンゴの事情もよく知ったうえで、日本式を取り入れた質のよい学校を作りたいとおっしゃっていました。そもそも私は、英語教員であると同時に異言語・異文化コミュニケーションの研究者という立場から、学校のコミュニケーション作りという課題をもち、かねてから学部生たちと一緒に学校を作ってみたいという夢をもっていました。そんなときにこの話をいただいたわけですが、最初に何もない荒野のような土地の写真を見せていただき「ここに学校を作りたい」と言われた時、これは教育の原点に取り組めそうだとワクワクしました。また、学生にとっても自国の教育を考えるのに、またとない機会だと思ったわけです。
 

 

改善されない問題点


SFCの革命者:長谷部葉子准教授協力しようと思ったきっかけのひとつとして、先生からコンゴで行われているODAが全く生かされていない現状をお聞きしたこともあります。例えばODAのチームが学校を作りにやってくると、作業を見学しにコンゴ人が集まってきます。そして校舎が完成し、日本の技術者が帰国する。すると同時にコンゴ人たちも帰ってしまうそうです。つまり全く使われていない。コンゴ人にしてみれば、使い方が分からないから、何かすごいものができたねと言うだけで終わってしまうそうです。また、サイモン先生は援助慣れからの脱却も必要だと言います。要するに、オーナーシップとイニシアチブをもち、コンゴ人自身が当事者意識をもって関わっていく学校作りが必要だというわけです。そのため、最初の資金は援助に頼らずサイモン先生が提供し、よい教育を提供する場という意味でACADEXAcademicExcellenceの略)という小学校を設立しました。コンゴの就学率は意外に高く約70%あります。それなのに識字率は低い。なぜなら、1年生から6年生まで一貫した教育を受けた人はほとんどいないからです。要するに、コンゴの人たちは積み重ねる教育の重要性を認識しておらず、また、教育によって自分たちの生活が豊かになる、将来の生活設計の軸を築くことができると思っていない人が多いわけです。


3人から108人へ


SFCの革命者:長谷部葉子准教授コンゴはベルギーの植民地だったため、独立から50年経った今でもベルギーで作られた教科書を使っています。カリキュラムは50年間、全く変わっていません。そのため、コンゴの子どもたちはベルギーの子どもたちが知っている植物や生物のことはよく知っています。しかし、自分たちの国の植物や生物のことはよく知らない。植物でも生物でも地域性があるのに、教科書に載っていない自国の植物を見てもただの「葉っぱ」としか認識しないのです。結局、使えない、実践的でない「学び」をしているのです。そこで、私たちは自国のことを学べるカリキュラムを作ること、また、小学校1年生からちゃんと学費を払うという、コンゴの世界最貧国という現状を考慮すると、一種自己犠牲によって初めて得られるものがあるんだということを教える必要があると思いました。とはいえ、これには大変な苦労がありました。例えば、私たちが最初に生徒を募集したとき、日本が関わるということで学費が免除になると思ったのか150人くらい集まりました。ところが有料だと知ると、一気に生徒が減ったのです。授業料は3か月で20ドル。コンゴの私立で最もよい小学校の授業料が月に100ドルであることを考えると、決して払えないほど高い値段ではありません。それでも、最初は生徒数がたった3人からのスタートとなりました。
SFCの革命者:長谷部葉子准教授学校の先生たちは1年契約で、毎年契約更新をし、毎月決まった給料日に給料を支払っています。これは日本では当たり前のことですが、コンゴでは契約通りに実行されないことが度々です。だから、ACADEXの先生が定着して人数が増えていったのは、ここは安心して働けるという信頼関係を築けたからです。しかし、最初は大変でした。コンゴには「クム社会」という部族のしきたりがあり、お葬式や結婚式など何かあった際には、校長などコミュニティーのリーダーがその費用を負担するという習慣があるのですが、ACADEXはこれを許容しませんでした。もちろん特別給与は学期初め等に給付しますが、その他の個人的な事情に対する費用負担は許容しませんでした。。その代り、毎月の給料は必ず決まった日に支払う、という契約になっていました。そのため、最初は理解を得られず、辞めた先生もいました。ところが、ほかの学校に勤めてみると支払が滞って安定した生活が営めません。そこでやっと日本式に徹底してこだわっていたサイモン先生の意図を理解し、戻ってきてくれたのです。これは生徒についても同じです。授業料を払わないと一時的に退学となります。このきちんと支払いをするという日本式に慣れていただくのは大変なことであったのですが、現在の生徒数は108人まで増えました。そして教職員にも、ご父兄にも安定した学校運営への基本的な取り組への理解が深まりつつあります。私たちの思いが少しずつ積み重なり、4年かかってようやく理解されるようになってきたと感じています。

最も大事なのは関係性の構築


SFCの革命者:長谷部葉子准教授コンゴのACADEX小学校のあるキンボンド地区の皆さんは、私たちが毎年一定期間コンゴへ行くリズムができてきたので、受け入れの準備や研究をしやすいようなサポートをしてくれます。現在はこのような良好な関係性が築けていますが、当初は共通言語もなくコミュニケーションが全く取れていませんでした。私たちはその状況を変えるために、まず相手を観察すること―実は、お互いの観察だったわけですが―から始めました。最初は各自、サッカーや写真といった自分の得意な分野で。そういう遊びを通して相手の価値観を知ろうとしたわけで、一年目はひたすら遊び、家事を手伝いました。そのうち、学生が自然と地域の言語であるリンガラ語を覚えて話すようになると、よく笑顔を見せてくれるようになりました。また、滞在に関してはホテルを使うことは一度もなく、サイモン先生の家や民家にホームステイし、積極的に地域のコミュニティのなかに入っていきました。そうした甲斐もあってコンゴでの知人も増え、私たちも村の一員のように受け入れてもらえたのです。やはり、このような関係性の構築が最も重要であり、これなしでは相互理解も成り立たないし、ODAにしても活きてこないでしょう。

日本での新たなチャレンジ


SFCの革命者:長谷部葉子准教授コンゴプロジェクトは、単純に学校を作るだけに留まりません。学校(教育)から地域を活性化させるという目的があります。例えば、教室を開放して映画を上映したり、何かイベントを開催したり。これまでは、その役目を教会が担っていたのですが、私たちは学校がその役目を担ってもよいと考えています。それは、学校は「社会の縮図」であり、最高の「社会を学ぶ場」であるからです。
この理想に向かって、これまでさまざまな経験を積んできたのですが、今年から日本でもこの経験が生かせるチャンスが出てきました。場所は屋久島からフェリーで40分、人口150人ほどで自給自足的な生活が営まれている口永良部島です。ここは、山海留学を引き受けており、都会で健康上や精神的な問題を抱えた子どもたちが島の里親の元で生活しています。そこで、教育から島を活性化させようというプランが立ち上がり、私たちも島の魅力を教育的な視点から分かってもらい、島と都会を繋ぐことができないかと考えています。しかし、このプロジェクトが島の人に理解してもらえるか、私たちを受け入れてもらえるかは、まだ分かりません。おそらく学生は同じ日本人でも理解しあうのはこれだけ難しいのかと、あらためて関係性作りの難しさを実感することでしょう。しかし、コンゴプロジェクトとの接点が非常に多いですから、これまでに得た経験を口永良部島にも還元できるのではないかと思っています。そして最後になりますが、今回ご紹介したコンゴプロジェクトへの取り組みが、口永良部島プロジェクト、さらにはヤングアメリカンズプロジェクト、ニューヨークプロジェクトといった、長谷部研究会のプロジェクトとも「関係性構築、新たな関係性のサステナビリティ」という核心部分でプロジェクト同士が密接な関係性を保持しています。



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(掲載日:2012/01/13)

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