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SFCの現場
2021.09.16

西條 都夫 特別招聘教授 「自己決定の大切さ」

電子版用)西條都夫編集委員 20170516211315_Data.jpg総合政策学部 特別招聘教授 西條 都夫
日本経済新聞 上級論説委員兼編集委員

担当科目:政策形成とメディア(秋学期)

昨年からSFCで「政策形成とメディア」の授業を持っていますが、残念ながらコロナ禍のせいでキャンパスに足を運んだり、学生の皆さんと言葉を交わしたりする機会がいまだにありません。そんなわけで「SFCについて何か書け」というのが大学当局からのお題ですが、書くべき内容も乏しく、代わりに(なるかどうか分かりませんが)私の取材のテーマで、若い世代の参考になりそうことを少々綴ってみたいと思います。

皆さんはバイトの経験はあっても、フルタイムの仕事をしたことのない人が大半だと思います。加えて学業を終えれば、どこかの組織に所属し、そこでの仕事を通じて生活の糧を得て、社会的自己実現をめざす。そんなキャリアパスを多くの人がたどるでしょう。

さて「仕事をする」「会社(組織)に帰属する」というのはどんな体験でしょうか。楽しいのか、苦しいのか。充実しているのか、疲れるだけなのか。人間関係は良好なのか、ギクシャクしているのか。これらはもちろん組織や職種、個々人によって千差万別ですが、「日本における仕事のありかたは必ずしも良好とは言えない」というのが専門家のコンセンサスです。

例えば自分の仕事に生き生きと前向きに取り組み様を示すワークエンゲージメントという指標がありますが、国際比較における日本の同指標ランキングは最下位近辺が定位置です。リクルートが全国の若手社員を対象に実施した最近の調査では「朝に目が覚めると、さあ仕事に行こう、という気になるか」を聞いたところ、「よく感じる(1週間に1回以上)」と答えた人が2割だったのに対し、「めったに感じない(1カ月に1回以下)」が6割近くいました。逆に「心身ともに疲れ果てたと思うことがあるか」という質問には、8割近い人が「1カ月に数回以上の頻度で感じる」と答えています。

なぜこんなことになるのか。いわゆるブラック企業のようなところは論外ですが、世間的にはそこそこ名が知られた、待遇の悪くない企業(組織)であっても、そこで働く社員は必ずしもハッピーでない、という状況は皆さんが想像する以上にしばしばあるのです。

さて、これは自分の学生時代の経験からの推測ですが、皆さんの日々の大学生活は(種々のストレスや苦労はあるにしても)全体で見れば充実し、新たな人間関係をつくり、向上心に満ちたものだろうと思います。「自分はそうではない」と考える人もいるかもしれませんが、周りの誰かとの比較ではなく、1年前の自分と今の自分を比べると「昔は分からなかったことが分かるようになった」「自分は大人になった」という感覚をほとんどの人が共有しているでしょう。こうした成長実感が自信につながり、さらに頑張ってモノゴトに前向きに取り組もうというエンゲージメント(主体的関与)を生み出すエンジンになるのです。

この感覚を社会に出て、働き始めてからも持続するには何が重要か。いろいろな研究で浮かび上がってきたキーワードの1つは自己決定です。親や教師や世間に言われたからではなく、自分の意志で「SFCを選んだ」「このゼミを選んだ」「バイトしたりデートしたりする選択肢もあったが、やはりこの講義に出席することが自分にとってプラスになると思い、いま先生の授業を聞いている」という自己決定の感覚が前向きな気持ちの支えになり、難局を乗り切る糧になると思います。

逆に仕事でも学業でも「やらされ感」や「押し付けられ感」にあふれていては、うまくいくわけがありません。私たちの授業が前向きなマインドセット醸成の一助になれば幸いです。