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おかしら日記
2022.11.22

さよなら猪木さん |健康マネジメント研究科委員長 石田 浩之

101日,不世出のプロレスラー,アントニオ猪木さんが死去された(以下一部敬称略).享年79.昭和世代にとってのヒーローがまた一人いなくなってしまった.令和の時代に大学に通うみなさんにとっては"プロレス?"という感もあろうが,昭和の時代,猪木の試合に,私を含めて多くの国民が熱狂したことは紛れもない事実である.プロレスに対する評価は人それぞれと想像するが,私はプロレスから学んだことも少なくない.ガチンコではない"興行"としてのスポーツのあり方.試合はメイン・イベントだけで構成されるものではなく,必ず"前座"があり,その一部としてミゼットプロレスが存在すること.勝ち負けを争うことを基本としつつ,その背景には様々なしがらみを抱え,清濁併せ呑みながら成り立っているという社会の縮図を教えてもらった気がする.

アントニオ猪木についての回想はすでに多くの媒体で目にするが,ストロング小林選手との日本人対決,ミュンヘン五輪の柔道王ウィリエム・ルスカ選手やボクシングヘビー級王者モハメド・アリ選手との異種格闘技など,現在も語り継がれる歴史的試合を展開したレスラーは後にも先にも猪木以外,見当たらないという点では一致している.私は縁あって,1998年に東京全日空ホテルで行われたアントニオ猪木引退記念パーティーに出席する機会を得た.会場は超満員.社会的地位の高い方々も多数来場されていた.いよいよ「炎のファイターアントニオ猪木のテーマ」が流れ始めるとネクタイ,スーツ姿のまま,「猪木ボンバイエ!猪木ボンバイエ!」の大合唱(ボンバイエ:BOMBAYEはコンゴ共和国の民族言語リンガラ語に由来し,"あいつをぶっ潰せ"を意味するという).猪木が登場すると会場の熱気は最高潮に達し,皆,両手を掲げ,「猪木―!ありがとう!」と涙を流しながら絶叫しているではないか.勇ましい猪木のテーマと一体化したあの時の会場の雰囲気は筆舌に尽くし難く,多くの人々を熱狂させてきた猪木プロレスの凄さを改めて認識した次第.ちなみにこの「猪木のテーマ」の原曲は前出のプロボクサー,モハメド・アリの伝記的映画「The Greatest(原題)」のサウンドトラック(映画音楽)に収められていたものである.高校生の時にたまたまこの映画を見て(日本題名は「アリ・ザ・グレイテスト」),「猪木のテーマ」が使われていたのでびっくりしたのだが,実は,サウンドトラックの方がオリジナルであった.1976年,猪木と対決したモハメド・アリは,試合後(結果は引き分け),猪木の勇気を讃えサウンドトラック内の「Ali Bombaye I」を猪木に贈り,それが「猪木のテーマ」に編曲され今日に至るという.ことの真偽はさておき,このサウンドトラックはジョージ・ベンソンも参加する完成度の高いもので,彼が歌唱する「猪木のテーマ」は美しいバラードに変身している.

冒頭にも述べたように,プロレスに対する評価は人それぞれであろうが,私はプロレスとは"人が格闘する究極のアクロバット"だと思っている.やらせ,演技などの揶揄もあるが,危険技に関連して死亡事故も少なからず起きており,そのような揶揄とは無関係に,選手たちはギリギリのところで戦っていることを否定する人はいないだろう.医学的に見て,最も危うさを感じるのはバックドロップである.フォールを狙う投げ技は,乱暴な言い方をすれば,相手に脳振盪を起こさせグロッキー状態にすることを目的としている.ブレインバスター,ジャーマンスープレックスなどフィニッシュブロ-は多いが,バックドロップの危うさはその落下角度にある.脳振盪は衝撃によって脳内に起きた"歪み"により,失神を含めた様々な神経症状が出るが,定型的脳振盪ではこれらの神経症状は一過性で自然回復する.一方,急角度で落下するバックドロップは脳への衝撃のみならず,頚椎が過度に屈曲される危険があり,これによって生命維持機能を司る脳幹部分が損傷を受け四肢麻痺や最悪,即死を来す.浅いプールに飛び込み,プールの底に頭を打ちつけて脊髄損傷に至るケースと同じ機序だが,三沢光晴選手(元タイガーマスク)はこの事故で絶命された.日々のトレーニングの中で投げ方,受け方を訓練していてもこのような事例は防げないことを目の当りにすると,プロレスに対する揶揄を私は簡単には受け入れられない.

20221122石田先生_闘魂色紙.JPG

ところで,私の机には猪木さんが愛し座右の銘とした「道」の詩と色紙が置いてある.引退記念パーティの記念品でいただいたものだ.

道:「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 踏み出せば その一足が道となり その一足が道となる 迷わず行けよ 行けばわかるさ  アントニオ猪木」.
進むべきに道に迷った時,この猪木さんの言葉やビンタに背中を押された人も少なくないだろう.同時に,行った結果"こんなハズじゃなかった"と思った人も少なくないはず.私もその一人かもしれない.情報社会になってリスクの事前回避が可能になった今日,便利で効率的な面も多い一方,予定調和が崩れて遭遇した不測の事態に対処できず立ち往生する人が散見される.成長過程のある時期,「迷わず行けよ 行けばわかるさ」の経験も悪くはないと私は感じている.


写真:引退記念パーティーでいただいた闘魂色紙.果たして行くべきか?こう迷った時,猪木さんの言葉が何度も私の背中を押してくれた.残念だが,行った結果はゴダールの映画の結末の如し,ということも少なくない.

石田 浩之 健康マネジメント研究科委員長/教授 教員プロフィール