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おかしら日記
2021.02.16

コロナ禍が明けたら|総合政策学部長 土屋 大洋

コロナ禍が明けたら......とメールに書くことが多くなった。あれもしたい、これもしたい、あそこに行きたい、あれも食べたい、あの人と会いたい、と考えることがたくさんある。

予定したこともほとんどできないうちに、2020年の湘南藤沢キャンパス(SFC)開設30年の記念すべき年も過ぎてしまった。コロナ禍で遅れてしまったが、30年ロゴを公募で決め記念サイトもまもなくできる

今から30年後、SFCとその周囲はどうなっているのだろう。SFCが開設された1990年頃の18歳人口は200万人を超えていた。現在は120万人を割り込み、私が定年退職する頃には100万人、2050年には80万人程度まで減るようだ。大学をめぐる環境は一変しているだろう。定員割れする大学も出るだろうし、良い学生を求める競争はいっそう激しくなっているかもしれない。だからこそ、それぞれの大学は魅力を高め、特色を強める工夫を始めている。

SFCはどうするか。いろいろな人がいろいろ妄想するのもSFCらしさである。

このキャンパス土屋先生1.jpgは藤沢市の健康と文化の森構想の中に位置づけられている。今のキャンパスは森に包まれていて、湘南台からバスに乗ってくると、森の中にあるのが分かる。キャンパスの敷地には発掘された縄文時代の遺跡が埋没保存されている。大昔から人がいたが、緑がよく保存されている地域だ。

もうすぐこの地域の様相を変える試みが始まる。これまで未来創造塾と呼んできたプロジェクトは、β(ベータ)ヴィレッジ、そしてΗ(イータ)ヴィレッジとして結実しつつある。そして、イトーヨーカドーとキャンパスの間の地区に大きく手が入ることになりそうだ。

それはよくある都会的な風景の再現ではおもしろくないだろう。のんびりとした、しかし創造的な大学町というだけでももったいない。

『クリエイティブ・クラスの世紀』を書いたリチャード・フロリダは、クリエイティブな人たちが集まるところには三つのTがあると論じた。才能(Talent)、技術(Technology)、そして寛容さ(Tolerance)である。

SFCは才能と技術という二つはまちがいなく提供できる。寛容さはときに放縦と取り違えられることがあるので気をつけなくてはいけないが、多様性に寛容なキャンパス、そして町であって欲しい。

私はここに四つ目のTとして、味(Tast土屋先生2.jpge)を加えたい。食文化の充実は、健康と文化の森に直結するはずだ。キャンパスの周りに広がる畑や酪農を生かさない手はない。キャンパスの近くに農家レストランいぶき(写真)がある。地元の新鮮素材を活かした料理がおいしい。その近くには卒業生が経営するみやじ豚もある。その昔、学生たちとバーベキュー大会をやって堪能した。SFCに来ればいつでもおいしいものが食べられるようにしたい。三田キャンパスのラーメン二郎に負けない名物の店がたくさんできるとうれしい。世界各国から集まる留学生たちが困らないエスニックフードも欲しい。

実は、明治の食の西洋化を推進したのが福澤諭吉だということを、長内あや愛君の修士論文「明治期の我が国の洋食導入・普及における福澤諭吉および慶應義塾の貢献」で教えてもらった。台所は女性の場所であるという認識が強かった時代、福澤先生は、食もまた男子一生の仕事になり得るとして卒業生や仲間たちを鼓舞した。それを受けて今日につながる食品会社が立ち上がったそうだ。おいしいものを食べるのは贅沢だとする武士の思想を転換させたのも福澤先生だという。そして、食事中に歓談するという(コロナ禍で避けられている)文化も福澤先生が推し進めたことだった。コロナ禍が明けたら、慶應義塾はもう一度、食文化への貢献を目指すべきだ。

しかし、食べてばかりでは太ってしまう。キャンパスとその周囲にフットパス(歩行者専用の道)を整備し、緑の中を散策しながら学問に浸れる環境も欲しい。本や音楽やスポーツのための場所も欲しい。

テーストには、食べ物の味という意味だけではなく、経験、好み、審美眼、分別、風情といった意味もある。実に味わい深い言葉なのだ。いろいろなテーストが溢れるキャンパスというのも良いではないか。

これまでの未来創造塾事業は「レジデンシャル・キャンパス(居住型キャンパス)」をキーワードにしてきた。すでにキャンパスの入り口に西松建設が寮を建ててくれた。さらにΗヴィレッジが完成すれば、キャンパスに住む学生が一気に増える。大学生はどうしても夏休みと春休みにはいなくなってしまうが、常に人が集うキャンパスにする工夫が必要だ。慶育病院との連携も重要だ。

その上で、SFCはガーデン・キャンパスになって欲しい。義塾とは、官学しかなかった慶應年間に、一般の子供を平等に教育することを目的に義捐金によって設立された塾や学校のことだった。令和とその先の時代においても、私塾でありながら、多くの人に開かれている場所であって欲しい。ここに来るとおいしいものが食べられる、健康になる、アイデアが浮かぶ、そうした場所になれれば、30年後もここには多くの人が集っているだろう。緑が溢れ、多くの人に開かれたガーデンの中核にSFCがいて欲しい。

コロナ禍が明けたらそのためのステップを一歩ずつ進めたい。

明日2月17日、総合政策学部を受験してくださる皆さん、そして、明後日2月18日、環境情報学部を受験してくださる皆さん、どうか健康に留意し、ベストが尽くせますように! 皆さんとキャンパスで会えるのを楽しみにしています(状況次第では、最初はオンラインかもしれませんけど......)。

土屋大洋 総合政策学部長/教授 教員プロフィール