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おかしら日記
2019.10.29

磨かれた授業力|健康マネジメント研究科委員長 武林 亨

とくに思い出に残っている授業がある。2007年度から5年間、SFCの学部生向けに担当した「環境リスク科学」だ。なぜ担当が回ってきたかは長くなるので省くが、SFCで授業をやると言った時の周囲のリアクションは、驚きとしか形容できないものだった。曰く、「授業中に弁当を食べ出しても、怒っちゃだめですよ」。え、弁当たべるの?さらに、「グルワをさせると、活き活きといいアイデアが出ますよ」。え、グルワって何?

そんなアウェイ感満載で滑り出した2007年春学期。当時の授業ファイルやパワポファイルをあらためて開けてみると、その分野のオピニオンリーダーをゲストに迎えたり、最新のトピックの報道記事を教材に使ったり、かなり頑張って構成した痕跡がなつかしい。しかしお察しのとおり、満足度の高い授業ができた、とはいかなかったのである。活発に発言すると聞かされていた学生たちを目前にしながら、授業を通じて交流できたという感触がほとんど残らなかった。

このコラムの読者の皆さんは想像の外だと思うけれど、医学部の専門課程では、授業コマ割りは長方形。つまり、月曜の1限から金曜の4限まで、すべて必修科目でびっしり埋まったコマ割りが、来る日も来る週も来る月もそして来る年も続くのだ。しかも90分間の講義時間は知識をギュウギュウに詰め込むスタイル。そんな学部教育を受け育って教員になっただけに、SFCで授業を受け持つというのは、異次元の体験。見事にすれ違ったのである。

その時、ヒントをくれたのが、TAそしてあるSFC教員の言葉だった。要は「教え過ぎ」というわけだ。アタマではわかっているんだけどな~と思いを巡らせていると、図らずも、お二人から「学生を信じて待っていれば発言しますよ!」と。
そのアドバイスを胸に、捲土重来の2008年度の初回授業。ガラッと構成を変えて、パワポは枚数を半分くらいに絞り込み、授業内ワークも取り入れた。初回授業の最後の20分、学生たちが次々と手を挙げ発言し始めた。気が付くと、授業時間を10分も超過するほど議論が白熱していた。こちらの思惑を超えて授業が勝手に動き出すという初めての感覚。教員の授業力を磨いてくれるのは、学生なのだと実感した瞬間だった。

こんな授業はSFCでは当たり前のことかもしれないが、僕にとってのSFCとの遭遇は、こんな感じだった。それだけに、その後の授業評価で、「いままで取った授業の中で一番SFCらしかった!」と書いてもらえたのは学生からの最大のご褒美だった。
大学教員になってずいぶんの時が過ぎた。「学者飼い殺しの説」が脈々と受け継がれている環境のおかげで存分な自由を享受してきた教員生活の中で、いまでも一番緊張するのが、自分の担当授業だ。とくに初回は、いつになっても慣れることのない感覚がある。

教師の授業力を磨いてくれるのは学生。きっとこれは、適塾の時代から変わっていないに違いない。SFCの梟たちが教えてくれたこの学びを心に留め、これからも授業力を磨かんと、悪戦苦闘の日々が今年も続く。

武林 亨 健康マネジメント研究科委員長 /教授 教員プロフィール